くまだおし  (池口)

 昔、池口という小さい部落に、猟師とその子供が二人っきりですんでおった。
いつの日だか二人で山深く猟に出かけた。
この日は、空がどんよりとくもっておったが、猟師は

「帰って来るまで雨は降らんだろう。ひとつ登ってみっか。」

猟師はそう言って用意をした。
子供にはみのかさをかぶらせ家を出た。

 大部登ったが、しばらくすると「ポッ、ポッ」と雨が落ちてきた。
「おっとう、雨が降ってきた。」
「いやぁー、落ちてきたなぁ、だが、あんじゃあないら。」
次第に辺りも暗くなってき 雨も強くなるばかり。
猟師と子供は、なにかないかと走りまわった。

「おっとう、冷たいよぉー、冷たいよぉー。」
「もうちょっとがまんしれ、どっかにねえかなあー。」
「おっとう、あんな所にでっけえ木があるに、あそこへ………。」
「おお、そうだな。」
と大きい木の下へかけ寄った。

 猟師と子供は、その木の下で雨のやむのを待った。

猟師はうとうとしはじめたが、しばらくするとねてしまった。
子供は雨のやむのを「まだか、まだか」と待っていた。

「ゴロゴロゴロ。」
空の方ではかすかにかみなりの音が。
子供は、

「こんなんじゃあ、この雨も当分やみそうもないなぁ。」
と考え、目をつぶってしまった。

 さっきより強くなったかみなりの音と、木にたれた雨の冷たさで目を開けた子供は、ふと前をみて
おびえた。
ついさっきまで何も起こらなかったこの木の下に、くまが両手をあげて立っていた。

「お、おっとう、おっとうおきて、おっとうおきて。」
子供のふるえた声におどろいておきて目を開けてみた。
大きいくまが、今にもかみつくような感じで二人をにらんでいた。
猟師はあわてて立ってくまをおっぱらおうとした。

「こ、こらっ、あっあっちいけ。」
猟師は鉄ぽうを持って子供を遠くの方へにがし、もう見えなくなったのを確かめると、自分もくまから
はなれた。

「あ、あ、あっちいけ、こらっ。」
何としてでもくまを打ち殺さねば………。

 さっきのかみなりも強くなっていた。
いなびかりもするどく、音も「ゴロゴロゴロ」と、ひっきりなしだった。

「ピカッ。」 
今光ったと思ったらそれは、くまの立っている木に落ちた。

「バリ、バリ、ギー、ドッスン。」
大きい音をたてて、くまの方へたおれた。

「ガォー。」
くまは頭部をうち、ちょっとの間あばれていたが、血だらけになって死んでいった。
「わっわっわぁー。」
猟師はおびえながら、いちもくさんに家へかけつけていった。
「おっとう、あのくま、どうした。」
「もうあのくまはなぁ、かみなりのおかげで死んだわ。」

 猟師は、しばらくしたある日、くまの死んどる山へ行ってみた。
そうしたら、あのくまはもうおらんかった。
猟師はこの木を「くまだおし」とよんで、この木に感謝した。


皇神様