弘法様の恩返し
「おーい、麦どんや、おれが悪かった、あやまるでそんなにおこるなよー。」
「フン、おまえのおかげで、おかみさんにまた、おこられたじゃないかよ。」
「だ、だって、あれは、麦どんが悪いんじゃないか。おれが一生懸命、働いている所を、いろいろちょっかい
だすから……。」
「たったそれだけの事で、おまえは、おかみさんにしゃべっちゃうのか、たったそれだけの事で」
「たったそれだけの事っていったって、ぼくにとっては、いやな事だったんだよ。」
「なにお、まだ、口ごたえするのかそれ以上言ってみろ、ぶんなぐるぞ!」
「わ、わかったよ、わかった、あやまるで、そんなにおこらんでくれよ!」
そばと麦のケンカがまた始まったんな。
いつも決まって麦の方が悪いんだけどな…。
今日も、麦がそばの仕事を邪魔した事からケンカが始まったんな。
そばは、やさしくてよく働く、そりゃあ、ええやつだったが、麦の方ときたら、わがままで、仕事は何一つやらぬ、
なまけ者なんだに。
川のそばでのケンカも、やっとおさまった頃、そこへ、弘法様が来たんだ。
弘法様っちゅうのは、食物の神様で日本中を歩いて回っとったんな。
川を越すには、どうしたらいいか、困っとってなあ、ちょうど、そばにおった、麦にむかって言ったんな。
「お前の背中にのせて川を渡らしてくりょ。」
でもなあ、麦は「川が冷たいでやだ。」っちゅったんよ。
「なあ、頼む、ちょっとの距離じゃないかよ、のせてってくれよ。」
「やだっ自分で歩いていけばいいだろ。」
「そんな冷たい事、いわずに…。」
「やだね。」
仕方なく、今度は、そばに同じ事を頼んだんな。
「なんだ、そんな事か、私は体にかどがあるで、痛いけえど、それでもよけりゃあ、乗りな。」
そばは、気持ちよく引き受けたんな。
こうして、弘法様は、無事に川を渡る事ができたんだに。
それからはなあ、弘法様が、そばに恩を返そうと、
「お前は、夏、野良にあんまりおらんでも、収穫できるようにしてやる。」っちゅってなあ、そばには、短期間
でも、実を結べるようにしてくれたんな。
けど、親切にしなんだ麦には、二年がかりじゃなけりゃあ、実を結ばせてくれんくなったんだと。