もどらなかったおわん

        ーおわん淵よりー

 昔々なあ、山ばっかしにかこまれたへんぴな小さな村があったんな。
その村には、でっけえ淵があって、村のもんは大淵・大淵〃と呼んでいた。
そんで、この淵のそばには正吉ちゅう正直もんの若者が、年老いたおっかあと二人で住んでいたんだと。
この二人の親子は、とっても貧乏やったんだけど、そりゃあ仲良おくらしておった。

ある日、この年老いたおっかあは、正吉一人を残して死んでしまった。
親孝行もんの正吉はえれえなげき、悲しんだ。
そいでおっかあに何もしてやれんかったで、せめて葬式だけは、りっぱなもんにしてやろう。″と決心したんな。
ところが、この村には、ちょっとばかしおもしれえ仕来りがあってなあ、正吉はずいぶんと困っておった。
その仕来りちゅうのがこの村で葬式や結婚式みたいな大きな集まりをやる時は、それをやる家でおわんからなに
から用意しにゃーあかんちゅうやつだった。
貧乏な正吉には、おわんなんてそんなに用意できんかった。
一日中さがしまわった。そいだが貸してくれる家もなく、
正吉は疲れ果てて、大淵ん所で嘆いておった。

 す、すると、今まで静かだった大淵が、ブクブクうずまきはじめた。
「な、なんじゃあ。こりゃあ。」 
おったまげた正吉がみていると、ひょこんと、大きなさらを頭にのせたカッパが、現れた。

「おい正吉、お前は正直もんで親孝行もんじゃ、おっかあを、とむらいたい気持ちも、よおわかる。だからおらが
お前の願いをかなえてやる。明日の朝、この淵の前にきて、三回手えたたいてから、願い事をすればいい。きっと
お前の願いがかなうじゃろよ。ただし、借りたもんは、ちゃんとかえさなけりゃあ、あかんぞ。」
 
 カッパは、これだけいって淵の底に、とびこんでいった。
夢かと思った正吉は、ちょっくら自分のホッベタつねってみた。

「あっ、いた!」 
やっぱり夢ではなかった。
まだ半分信じられんような顔で正吉は、その日は早く床についたんだと。

 次の朝、いつもより早く眼がさめ七正吉はさっそく、大淵ん所へいった。
そして、昨日のあのカッパのいったとおり、手え三回たたいてから、淵に向かって願い事をしたんな。
すると、みるまに淵の底からおわんが、いくつもいくつも浮かんできた。
正吉はそりゃあよろこんでなあ、そのおわんを大事そうに家に持ちかえった。
そしてその日のうちに、りっぱな葬式をしておっかあをとむらったと。
葬式が終わると正吉は、カッパのいいつけどおり、使ったおわんを、きれいに洗って、ちゃんと淵にもどしたんやと。

 それからちゅうもん、正吉は、なんか困ったことがあるたんび、この淵におねがいしては、かなえてもらっちゃあ、
なに不自由なくくらしておった。
そいだけど、使ったもんは、かえさにゃーならんかったんで貧乏なのは変わらんかった。
 
 結局正吉はなんか困ったことがあれば、淵のカッパに助けてもらえるでええ″って気でカッパにあまえとったんだな。だから、なんにも仕事をしなんで、もうかることばっかし考えるようになった。
そうだ! 淵から借りる沢山のおわんやお皿で、金もうけしてやろう。
あんなに沢山あるんだから、一つ、二つ取ったってわからんだろう。

いつしか、正吉の心ん中に、こんな考えが住みついてしまったんな。
 

 ある時、正吉は、その考えを実行したんだと。
いつものように、淵、いやカッパからおわんを借りて、その中の一つだけかえさずに、知らんふりをしていたのだ。
二日たち…三日たち……五日たってもカッパからは、なにもいってこなかった。

 しばらくたって、又、正吉が淵におわんを借りにいった時のことだ。
いつもやっとるように手え三回たたいてから、願い事をしたんだと。
そいだが、淵ん中からは、おわん一つたりとでてくりゃせん、静かなもんやった。
「カッパさ、カッパさ、どうしたんだ。でてきておくれ、おわんをかしてくれ、カッパさカッパ……。」
 いくら呼んでもカッパは、出てこなかった。正吉は、不思議に思ったが、きっとカッパさは、病気にでもなった
んだろう。″と、さほど気にはとめず、おわんを借りずに、家へ帰った。

 そしてその日の晩、正吉は、へんな夢をみた。 
カッパが……あの淵のカッパが、淵の底でおわんをながめて、シクシク泣いている夢をあの陽気もんのカッパが、いか
にも悲しそうにおわんを見つめ、泣いている夢を……。

 正吉は、やっと自分の過ちに気づいた。
欲を出したらあかん。
カッパのいいつけを、まもらなかったから、こんなふうになったんだ。
 
正吉は、なげいた。
そして、自分の過ちを何度も何度もわびた。
それでも、カッパは、それっきり、でてこなかった。もちろん、おわんーも……。

 今では、その大淵も小さくなってしまって、かんたんには、見つけられない程になってしまった。
そんでも村人達は、この淵を『おわん淵』と名づけ、淵に伝わる伝説を子どもに、まどに、語りついでいるんだとな。

 やさしい息子とやまぎつね