のっペらぼうと村人

 むかーしむかしの事じゃった。
信濃の国の南の端に梨元という所があったと。
そこの、村人んとうは、毎日毎日、せっせと働いておっただよ。
そんで、そこには大きな大きな山程もある石があったんじゃ。

 ある、とっても天気がいい目じゃった。
愛敬者の与作さが、いつものように畑仕事に出かけた。
大石の下を通りかかると上に、五十歳前後の後のおじさんが、釣りをしているのに気がついたんじゃ。

 そのおじさんは、はっぴを着て、ももひきはいて、ほっかぶりをするという、何ともおかしなかっこうじゃった。
そんでもかまわず与作さは、
「おーい、おいさーん、釣れるかエー。」と聞いたんじゃ。
でも、
な−んとも答えがねェ。
聞こえんかったんやろか、と思い今度はもっと大っきい声で聞いてみると、
「釣れんェー」と言って、振り向いたんだと…。
すると、どうしたこっちゃ。
釣りをしとったおじさんの顔といったら、目も、口も、鼻も、なーんにもついてない、のっべらぼうだったと。
びっくらこいた与作さは、無我夢中で走っただ。
どんどん、走っただ。

 走って走って気がついた時には、村はずれまで来とった。
与作さが、はあはあ言いながら、前を見ると、五十才前後で、はっぴを着て、ももひきはいて、ほっかぶりをしとる
おじさんが、スタスタ歩いとった。

与作さは、そのおじさんに、大石の所で会ったのっべらぼうの事を話したと。
「おいさん、おいさん今なあ、あの大石の所でのっべらぼうを見ただよ。こわかったぞう。」

おじさんは立ち止まり、「こんな顔だったェ。」と振り向いた。
またまた、このおじさんの顔ものっべらぼうじゃった。
与作さは、びっくらこいて家にとびこんだ。可哀相に、それからというもの与作さは、床についてしまったと。

 村の中は、与作さの見たのっべらぼうの話でいっぱいじゃった。
村の衆は、気味悪がって畑仕事に行けもせん。
子供んとうは、おっかながって遊べもせんかった。

 こりゃあ、こまったこんじゃと思っとったとこに、村一番の力持ち権兵が名のり出たんじゃ。
「よっしゃ。おれが、そののっべらぼうとかいうやつを、やっつけてくれるわい!」
とたいした自信じゃった。
だって…権兵は、てっぺんが、雲でかくれてしまう程の杉の大木を、メキメキと簡単に引き抜いてしまったり、山から
おりてきて、畑を荒しよる熊公を、一分もしん内に、ポイッと投げてしまうような馬鹿力なんだからな。

 村の衆も
「権兵、たのむでな
。」
「のっべらぼう、やっつけてくれろや。」
とか、いっしょうけんめいじゃった。

 権兵は、勇んで大石に出かけたんじゃ。
いたいた、のっべらぼうが…。
はっぴにももひきにほっかぶりという、いつものかっこうで。
権兵は、「いっちょ、のっべらぼうをびっくりさせてやろうかのう。」
と、余裕のあるとこを見せて、のっべらぼうに声かけたんじゃ。
「おーい、そこのおいさんやーい。」

そんでもなーんにも答えがねえもんだで、権兵は大石に、ヨイショヨイショと、登っていったんだ。
そいで、釣人の肩をチョイチョイとたたいて、もう一度
「釣れるかエー。」と聞いてみたと。
釣人の方は振り向いたんじゃ。

「釣れんエー。」とな。

 権兵は、のっべらぼうと知ってはおったが、腰をぬかす程びっくらこいたんじゃ。
けんども、それを見せちゃあかん、と思い、平気な顔して、
「ほほー、そりゃあ、残念なこったなあ。」と言った。

のっべらぼうはのっべらぼうで、
「おらの顔見て、びっくらこかんとは、すげえ男だなや。」とびっくりこいたんじゃ。

 そう思っとる内に、権兵は、のっべらぼうのえりっ首をつかみ、エイッとほうりたくった。
すると、道端にでも落ちてしんでしまうんではないかと思ったが、一回転、二回転、二二回転し、ストンと地べたに
立ったんじゃ。今度は、のっべらぼうが、空を飛んだ。
そうして「いいだろう、おめえもやってみい。」と言った。
権兵は、山程もある大石から下を見ると、とてもじゃねえが、飛ぶ気になれんかったんじゃ。

すると、のっべらぼうは、
「どうせ、おめえはおくびょうもん。空ぐらい飛べんでどうする。ヤーイ、ヤーイ。」
とあんましバカにすんので

権兵は、意地になって大石からはなれたと。
「へん、そんなもん簡単じゃねえか。」

 相手は、なみたいていの人間様じゃねえ。
空をぶのなんて朝飯前よ。だけど、権兵は、力が強いかわりに頭が弱い。
それにつけて、人一倍体が重い。そんなんで、空を飛べるわけがねえだ。

 ヒエー!ドッスン!ダラダラグラ……。一瞬地面がゆれたぐらい、ものすげえ勢いで落ちたんじゃ。
そのまま権兵は床に着き、しばらくは歩けんかったんじゃと。
けがだけじゃなくて、のっべらぼうに負けたのが、はずかしかったんかもしれんな。

 村の衆は、力持ちの権兵でも、のっべらぼうにはかなわんかったもんで、ほとほとこまっておったと。
みーんなで、寄合を何回も開いたんじゃった。長者どんの家で。

「どうしたら、のっべらぼうを退治できるもんかなあ。」
と、長者どんが聞くと、みんな口々に、
「わからんなあ。どうしようかのう。こまったなあ。」
と言っとった。
そこに今まで考えこんどった、村一番の年寄り、吾作じいさんが、言い出したんじゃ。
「のっべらぼうなんて、この世におらんのじゃぞ。きっと、ありゃ、何かが化けとるんじゃ。」
みんななる程、なる程と、のっべらぼうの後をつけていく事になった。

 次の日、村の衆は、のっべらぼうの後をつけてった。
山の奥の奥まで入ってった。
だんれも知らんかったが、大きなはら穴があったんじゃ。
それは、あんまし目立たんように、木がたいへんかぶさっとった。

 だで、中は暗っぼしくて見にくかったんじゃけんども、目をまん丸くしてよーく見たんじゃ。
そん中に、のっべらぼうは、のこのこと入って行った。
そうして、「エイッ。」とひと声。
同時に、のっべらぼうは、きつねにと変わったんじゃ。
そのきつねは、むかしからここらに住みら、きつねと犬は相性が悪いといわれておる。
大人も子供も、その犬をたーくさん連れて、のっべらぼうのおる大石に行ったんじゃ。
古ぎつねは、自分の正体は、だんれも知らんと思っとるもんで、のんびりと釣りをしとった。
そこへ、村の衆みんな行ったもんで、びっくりこいた。
 そして、逃げようとして大石から飛びおりたんじゃ。そこへ、
犬をはなす。
ワンワンワン!ものすごい勢いで、古ぎつねをかこんじゃった。
古ぎつねも、もうこれまで…と思ったのか、小さくなってぶるぶるふるえておったんじゃ。
吾作じいさんの作戦は成功した。

 つかまえた所でどうしようかと思っておったが、殺して食っちまう、という者は、平和な村には、一人もおらんか
ったんじゃ。もう、村里には出てこん、いたずらせんこ山奥でおとなしくしとるよう、よーく言いきかせた。
古ぎつねは、うんうん、うなづいておった。
山へ帰る時も、みんなの方をふり向いて、チョコッとおじぎをしていった。

そうして、最後に、「コーン!」と一声上げて、姿は消えちゃったんじゃよ。

 そんでも、村の衆は、こわかったんじゃな。
大石の近くに碑を立てて、祭ったそうな。今でも大石があって、碑が立っとるそうじゃ。

 もう、古ぎつねは、出てきてわるさをせんようになったんじゃ。
だもんで、村の衆は、せっせと働いとるんじゃと。平和な村で……。

                              おしまい

 蛇神様