お に ば ば

 今からずーっとずーっと前のことだに。
この村にもおにばばがおったんな。
山原のずーっと奥の方に、一人っきりで住んどったんな。
ほんで、この村に末吉っちゅう子がおったんだに。


 ある日、いつも通り布団に入って、おっかあの話を聞いたんな。
「あんなあ。昔な、この村の山原ちゅう所の山の奥になあ、おにばばが住んどったんだに。
ほんで、おにばばは、なんでだかわからんけど、一日に二回お風呂に入った子供を取って食っちまうんだに。
ほんで、帰ってきた子は一人もおらんかったちゅうことだに。
今じゃあ、おにばばは、おるかおらんか、わからんがな。ほんでもなあ………。」
 
長くて、おっかねー話だったんだに。
末吉はなあ、もうびっくりしちまって、その夜、ちーっともねむれなんだんな。

 ある、なんともきれいな夕焼けの出た日の夕方のことだったんだに。
「末吉お風呂に入んな。」

「はーい。」

末吉は、夕焼けを「なんであんなに真っかいのかなあ。」と思いながら、風呂に入ったんな。
その日は村祭りだったんだに。

お風呂から出た末吉は、いっちいハッピを着せてもらったんな。
ほんで、末吉は、うれしくてうれしくて、たまらなんだもんで、そこらじゅうとんで回ったんな。
調子づいた末吉は、
「お月様と競走だあ。」
って、お月様を見てとんでったんだに。
ほんだもんで、ちーっとも前が見えんかったんな。
「末吉。そんなこと、やっちゃあいかん。」
遠くの方で、おっかあの声が聞こえたんな。
ほんで、末吉は、ふり返ったとたん、ドブヘドッボーンと頭からつっこんだんな。

「末吉、あんじゃあないか。」
びっくりしたおっかあが、あわててとんできたんだに。
ほんで、末吉をドブの中から引っばり上げたんな。

「クセー。」
末吉はドブだらけになったハッピを見て、半泣きだったんな。 
「本当にしょーがねえなあ。おこびるもんでな。お風呂にもう一ペん入りな。」
と、おっかあは言ったんな。
「そんでも、おっかあ。おにばばに食われちゃうで、オラ、ヤーダ。」
末吉は泣き出してしまったんだって。
「あんじゃあないって。そんなのは迷信だで。おにばばが出てきたら、おっかあが取って食ってやるでな。」

末吉は、迷信だの、なんだのって、わからなんだけど、おっかあが、ニコニコ笑いながら言うもんで、
「おっかあがいいってゆうんだで。」

と思って、お風呂に入ろうと思ったんだって。

それまでは、一日二回なんて、一ペんも入らんかったんだけど、結局、入ったんだに。
ほんで末吉が、もうおにばばのことなんか忘れちまって、いい気持ちでお風呂に入っとった時だに。
急にあたりがスーツと暗くなったんな。
そうして、ものすごい風が吹いたんな
。びっくりした末吉は、ちーっとも声が出んかったんな。
ほんで、なんか、でっけーでっけーものに首ねっこをつかまれて、ズンと引っばり上げられたんな。

ほんで、裸のまんま、夜風を切って、どんどん引っばっていかれたんだって。
ほんでいつのまにか、末吉は、気を失っとったんだに。

 気の付いた時にゃー、もう朝だったんな。
末吉は昨日のことを思い出しとったんだに。ほんで、ブルブルふるえたんだって。
それに、
「ここは、どこだらなあ。」と不思議に思ったんだに。
 昨日は、裸でおっただに、末吉は、うす〜い、ぐんじょう色の、いっちいかすりの着物まで着とったんな。
ほんで、あったけー、フワフワの布団の中におったんだって。
家の戸口にゃー、末吉が、今までに見たこともねえ、動物の毛皮がぶら下がっとったんな。
いろりには、火がパチパチ燃えとって、その上には、なにやらおいしそうなにおいをただよわせて、
大きななべがかかっておったんだに。

末吉は、そろそろと立ち上がったんな。ほんで、戸口の方へ向かって歩いてったんだに。
戸を開けてみて、末吉はもう、びっくりぎょうてん。
そこには、見るにも見られん、でっけーでっけーおにばばの姿があったんな。

「おーう。目が覚めたんかいなあ。」
おにばばは、でっけー口を開けて、でつけー声で話しかけたんだに。
「おなかがすいたろう。よーし。こっちにきな。」
そう言って、おにばばは、末吉を、ひょいっと片手で持ちあげて、いろりのそばまで連れてったんな。
その間、末吉は、ブルブルふるえとったんな。
ほんでも、おにばばは、そこへ、末吉をドスンとおいて、末吉の顔くらいある、でっけー木のちゃわんに、
いろりにかかっているなべから、なにやら、おかゆみたいなものをもってくれたんな。

末吉は、おなかが、ものすごーくすいとったもんで、なーんにも言わずに、それを食べたんだって。

 それから、末吉と、おにばばとのくらしがはじまったんな。
末吉は、毎日、山の奥の方へ、けものを取りに連れていかれたんな。
ほんで、りょうのしかたを教えてもらったりして、結構、楽しい毎日を送っておったんな。

こんなこともあったんだに。
おにばばは、
「末吉にゃー、こんなでっけーちゃわんじゃかわいそうだで。」

って言って、木をほって、ちっちゃな、ちゃわんを、一晩がかりで作ってくれたんな。
こんなことから末吉は、おにばばのやさしい心を知り、なついていったんだって。
おにばばの方も、とっても、末吉のことをかわいがったんだに。
ほんでもなあ、おにばばは、末吉を、末吉のおっかあから、取ってきちまったことを、だんだん、
後悔するようになっていったんな。

「やっぱり末吉は、オラの本当の子じゃねーでなあ。」
と思う様になったんだって。

 そんなある日のことだったんな。
おにばばが末吉に、こんなことを言ったんな。
「なあ、末吉。オラなあ、お前を、おっかあの所へ返しに行こうと思うんな。
昔なあ、オラにも、お前くらいの子がおったんな。
ほんでもなあ、オラの子は、かみなり様に取られちまったんな。
ほんで、かみなりさんは、返してほしけりゃあ、かわりの子供をつれてこいってゆったんな。
ほんだもんで、お風呂に二度入るとってゆって、子供をとってきとったんだが、返してくれなんだんな。
もう、オラの子も生きとるまい。」

わけを知った末吉はな、なあーんも言えんかったと。
ほんで、おにばばは、末吉をおっかあの所へ返す決心をしたんな。

 そのころな、村の衆は、末吉がおらんくなったもんで、
「こりゃあ、きっとおにばばのしわざだで。」
と、山に登りかけとったんな。
ほんでも、おにばばのおる所はちっともわからんもんで、末吉は、ちっとも見つからなんだと。
ほんでも、それからとーし、さがしにきとったんな。

 山道をおにばばと手をつないでおりて行くうちにな、末吉は、おっかあのことばっか思い出しとっ
たんだに。

「そういやー、おっかあと、こうやって、いっしょに山へ栗の実拾いに行ったっけなあ〜………。」と。
ほんで末吉は、おにばばにな、こう言ったんな。
「おにばばの手は、おっかあの手みてーに、おっきくて、あったけーだ。」
それを聞いたおにばばは、目にいっぱい涙がたまって、あふれ出しちまったんな。
  ウォーン、ウォーン。
おにばばは、とうとう泣き出しちまったんな。
その声は、山中こだまして、そりゃあそりゃあ、でっけー声だったと。

しかしな、それがいかんかったな。
「やっと見つけたぞ、おにばば。人の子をぬすみゃーがって。」
と、いっせいに、持っていたかまやら、くわやらでなぐりかかったんな。
おにばばは、ちーっとも抵抗せんかったんだって。
見るも無残に、おにばばは殺されちまったんな。
末吉は、「おにばばぁー。おにばばぁー。」
って、ずーっと泣いとったって。

 後で末吉から本当のことを聞いた村の衆は、そりゃー悪いことをしちまったと思ってな、
お堂を作って祭ったんだって。

かわいそうなおにばばの話だったんな。       

 おらとすもうとらないか!