鬼 ケ 城
昔、程野の奥の方に一軒の家があった。
そこには、おじいさんとおばあさんが住んでいた。
昼間、おじいさんは、山や畑へ出かけ夕方まで働いていた。
おばあさんは、家のそうじや洗たくをしとった。
ある吹雪の夜だった。「ドンドン.」と、戸をたたく音がした。
「だれでしょう。こんな夜に。」と、おばあさんが立つと、
「こんな吹雪の夜じゃ、風のいたずらだろう。」と、おじいさんが答えた。
戸は開けんかった。
しばらくすると、また、戸をたたく音がした。
「ドン、ドン。」
「旅の者です。一晩とめてください。」今度は小声も聞こえてきた。
おばあさんは急いで戸を開けた。戸口には背が高くて体のガッチリした男の人が立っていた。
「一晩とめてください。」と、寒そうな声で言った。
もちろん、おじいさんとおばあさんは、心良く家の中へ入れてやった。
男は、かたにかかっている雪をはらって、かさを頭からとった。
すると、頭の上には、つのが二本、立っているではないか。
おじいさんとおばあさんは、目と口を、大きく開けて、びっくりしておった。
が、おじいさんは、鬼のひたいのキズを見て、ある狩りに行った日のことを思い出したんだ。
「おじいさんはある山に狩りに行き、夢中になってうさぎなどを採っておった。
夢中になっておったもんで、家に帰るのを忘れておった。
あたりは、暗くなって、ふくろうが、「ホー、ホー。」と鳴くだけだった。
おじいさんは、じっとしていてもしかたがないもんで、手さぐりで、ゆっくり歩きはじめた。
しばらくすると、遠くの方から、「シャリーン、シャリン、シャリーン、シャリン。」と、
すずの音がかすかに聞こえてきた。
おじいさんは、一しゅんびっくりしたが、助かると思い声をだした。
「オーイ、助けてくれー、 オーイ。」というと、すずの音が、いっきに近づいてきた。
おじいさんは、こわいやら、うれしいやらで、気持ちがごっちゃごちゃだった。
「ヒュー、スタン」と、おじいさんの目の前におりた。
おじいさんは、急にわけのわからないものが上から来たもんだから、心臓の止まる思いをした。
わけのわからない者が、木に火をつけた。
火の光で、今度ははっきりと見えるようになった。
おじいさんは、目を見はった。もじゃもじゃ頭に角。口にはキバ。
ガッチリした体。指には長つめ。背は二メートル近く。体の色は、人間とちがって赤。
それは、鬼だった。鬼は、ボケーッとしているおじいさんに話しかけた。
「おれは、この遠山郷に住んでおる鬼じゃ。おれは、この山々を見回るのが仕事だ。
ところで、じい。おめえはここでなにをしておる。たしか、おれを呼んだはずだが。」
おじいさんは、まだポケーとしていた。
「じい!おまえはここでなにをしている。」
はっと、われにかえったおじいさんは、「食わねえでください。このとったえものを上げますから、
おゆるしください。お願いします。」と、頭をさげた。
鬼は、「わしは、人など食いやしない。
ところで、さっきから聞いとるが、お前はここで、なにをしておる。」
「はあ、わたくしはここで…‥。」とくわしく説明して、家の近くまで、送ってきてもらった。
おばあさんは、鬼におじいさんのお礼として、酒を出してもてなした。
おじいさんと鬼は、話がはずんでいた。
しかし、おばあさんは、鬼が、なぜこの家に来たのか不思議だった。
「あのう、あんたは、どうしてこの家に来たんですか。」と、おばあさんは聞いた。
鬼は、こう答えた。
いつものとおりに、すずをならしながら、山の上を走っていた。
ところが、急に吹雪にあい、いつも通る道を、見失ってしまった。
それでもと思い、前へ前へと進んでいった。すると、光がぼんやり見えて来た。
なんとかしてあの光のところまでと思いここまで来たんだ、と。
一晩、鬼はおじいさんの家に泊まって、次の日をまった。
次の日は、昨夜とは、うってかわっていい天気だった。
鬼はその日の朝、おじいさんの家を出ていった。
鬼は、おじいさんたちのことが忘れれんかった。
「ようし、今日は、なにお土産をもっていってやろう〕と鬼は考えた。
夜になると、鬼は、おじいさんとおばあさんの家に行った。
「こんばんは、おじいさおばあおるけえ。」と鬼は、明るい声で呼んだ。
「ハーイ。」と、今日はおじいさんがでて来た。
「おー、なんだ、あんたかい、さあさ、上がれ、上がれ。」と、おじいさんはすすめた。
鬼は、家に上がると、「おじい、これ。」と大きな魚をさしだした。
「ほ―、 大っきい魚だな、ばあさんや、酒を出してくれ。」
とおじいさんが言うと、「ハイ、ハイわかっています。」と台所から、酒をはこんできた。
こうして、また、楽しい夜になった。
鬼は、毎晩のように、おじいさんの家に行った。
おじいさんたちも、鬼がくるのを、楽しみにしておった。
二月三日、立春で節分の日だった。
おじいさんたちの家でも、毎年、いわしの頭を、ひいら木にさしたり、豆をまいたりするのだった。
いっぽう鬼は、そんなことも知らずに、今晩は、どんな話をしようか考えていた。
夜がきた。
鬼はいつものように、おじいさんたちの家に行った。
鬼は、おじいさんたちの家の玄関の前まで来た。
ところが、どうしたことか鬼は、冷汗をかいて、顔が、赤から青に変わっていた。
鬼の前には、なんと、鬼がきらいこわがる、いわしの頭とひいら木があった。
鬼は、しだいに、おそろしくなって、ひざががくがくふるえだし、歯がかたかたとなりだした。
自然に、鬼の足は、一歩、二歩とさがっていった。
柿の木のところまでさがった。そこで、大きく深呼吸をして、気持ちをおちつかせていた。
いっぽう、おじいさんとおばあさんは、鬼が玄関まで来ていたことも知らずに、豆をいっていた。
鬼は、いった豆も、きらいだった。
充分にいった豆を、神だなにしんぜた。
鬼は、おそるおそるおじいさんたちの家に近づいていった。
いわしの頭とひいら木を、なるべく見ないように前かがみになっていった。
なんとか、玄関のところまで来た。目が回る思いをしていた鬼は早く家に入ろうとしていた。
おじいさんたちは、神だなにしんぜていた豆をとり、家の奥から豆を投げはじめた。
「鬼は外、福は内。」と、おじいさんが豆をなげると、おばあさんもそれにつづいて、豆をなげた。
だんだん玄関に近づいていった。
鬼は、目をつむったまま、戸を開けた。
「おじい、おばあおるかあ、玄関の‥…。」
鬼の言葉が終わらないうちに、おじいさんたちは、豆を投げた。
「鬼は外、福は内。」
「バラバラ、バラバラー。」
「うわぁー。」
鬼は、大声を出して山へ帰っていった。
おじいさんたちも、鬼の大声にびっくりした。
おじいさんは、しまったと思った。
が、もうおそかった。
それは、おじいさんたちが、鬼のきらう、いわしの頭とひいら木、豆まきをしたからだ。
おじいさんたちは、悪気があってしたわけではない。
しかし、鬼は、自分をきらったと思いこんでいる。
だからもう、この失敗をとりもどすことはできなかった。
このころからだ。
程野の山奥へ行くともう二度とでてこれなくなるというのは……。