おせんぶち伝説

 カンカンとてる太陽、青々とした空には気持ちよさそうに雲がおよいでいる。
今日は最高の釣り日よりである。

 一郎は、木沢の里のガキ大将だ。
大の釣りずきで、今日も「おせんぶち」へ、ばあさんをつれてやってきた。
一郎が釣りの次に好きなのは、何といっても、ばあさんの話だった。

ばあさんは、村一番のものしりで、木沢の里に伝わる昔話をよく一郎に話し聞かせるんだった。
一郎は、いつものように、ふちにむけて、さおを投げたが、今日はなかなか釣れない。
ためいきをつくばかりだった。
そんな一郎を見てあきれかえっているばあさんは、一郎に、一つ話をした。

それは、このおせんぶちにまつわるかわいそうな話だった。
一郎はふちの流れを見やるばあさんの話を背中でうけるように聞いていた。

          ☆      ☆      ☆

 昔々のことだに、木沢の里にはなー、大金持ちのな、長者がおったっちゅうことだに。
そこの長者どんちゅうのがよくばりで意地悪で、それでもってすんごくケチンボなんだに。

ありゃあいつだったけなー、和田の長者がな、おら達の村へ遊びに来た時のことよ。
 おらの村の長者はな、飯田の町からな、よくこっとう品っちゅな、いろいろな古いまきもんやな、つぼをな、たけえ金払って買うんだよ。
そいで今度は、えらい人の書いた絵をな買ったってことでな、和田の長者はな、そんなことをどっからか耳に入れて来たんだな。
 そいでな、おら達の長者にな、ちょっとだけだで見してくれってたのんだのよ。
そしたらな、ふつうだったら少しぐらい見してくれるわな、それだにな、おら達の長者はな、和田の長者にな少しも見せっこ反対に盗まれては何だと、和田の長者をぶんなぐっておいかえしたそうだに。
そんなわけで、村の衆は長者をきらっておったに。

 しかしな、長者はな少しも何とも思ってなかったに。
なんてったってな、長者どんにはな、おせんがおったもんな。
 
おせんはな、五つになる長者どんのな、一人娘なんだに。
お母はさきにな、あの世へいっちまったからな、よけえ長者はおせんを大事にしていたんだに。
おせんはな、まりつきが一番好きでな、よくな、えん側へ出ちゃあな、まりつきをして遊んだそうだに。

 ある日のことな、長者どんはな、かわいいおせんを見にな、えん側に行ったんだに。
その帰りにな長者どんはな、おもしろい話を聞いた
んだに。
「おい、おまえら、竜のふちの卵の話な、聞いたことあるか。」
「竜って何だよ。」
「おらも、よう知らんけどな、空を飛ぶこともできるな、ヘビにつのはやかしたような、おそろしい生きもんだ。」
「ふ〜ん。そいで、その竜の卵の話は何だよ。」
「しかたないな、そんじゃあ、おしえてやるか。あんな、すぐそこにな、大きなふちがあるだろ、そこにはな、その竜ちゅう生きもんが、大昔から住みついているんだと。その竜ちゅう生きものはな、ふちの主の番人でな、主から預かったな、黄金に輝くな、卵を盗まれんよう見張っとるっちゅうことだ。そいでな、その卵をな家のえんの下へうめるとな、そん時から大金持ちになれるんだと。わかるか。」
「いや、わかんねえよ。」
「実はな、天の上からな、こばんがザクザク雨みてえに降ってくるっちゅうことだ。」
「いい話だな、一日で金持ちになれるっちゅうことは。でもよー、こんなムチャなこと、誰もやんねえわ。」
「いや、いるよ。あの長者だったらやりかねないにちげえねえ。」
「ウンダ、ウンダ。」 
ほうこう人の言ったことは、まったくあっとったっちゅうことだに。

 この話を聞いた長者はな、もうがまんできんくなったっちゅうことだに。 
夜になった。長者わな、若いほうこう人をおこしてな、ふちへ向かったそうだに。
満月の夜でな、月がふちをてらすもんだから、ふちへもぐるにはちょうどよかったっちゅう。
若い衆がふちへとびこんだっちゅうことだ。
だいぶするとな、若い衆がな、ふちから顔をだしたっちゅうに。
そしてな、手にはな、かまぐらいある卵をもちあげたっちゅうに。
 
 あとで聞いた話だけんど、その夜はな、竜はでかいいびきをかいて寝とったってよ。
なんてまぬけな竜だよな。主も主だよ。まぬけな竜を番人にするとはな。
まあ、こんなことはいいとして話をすすめるか。

 そんでな、長者はな、盗んできた卵をな、えんの下へ、でかい穴をほりうめたんだって。
するとな、何とな、天からこばんがザクザク、みんな、目がとび出るほど喜んだと。

その夜はもう、えん会だ。飲めや、食いやの大さわぎ。
でもな、話はこんなふうにトントンびょうしに進むはずはねえよな。
 実はな、そんころな、竜はな、目がさめたんだよ。
卵がないのにな気づくとな、あわてて主にこのこと話したと。

それを聞いた主はカンカンにおこってな、竜にとって一番大事なつのを、二本とも、もぎとってやったっちゅうに。つのを取られた竜は、長者が卵を盗んだのを知ると、ものすごい勢いでおこったんだと。

 その日はな、木沢の里だけにな、雨は降る、風は吹く、ヒューヒュー!
ゴロゴロ、ガシャン、ドシャン、ザーザー!
そりゃあ、ひどいもんだ。村人達は、あまりのおそろしさにガタガタふるえておったに。
あの長者さえもな。しかしなー、竜のいかりはなそれだけではすまんかったそうだに。

 それから三日ぐらいたった日かな。
雨もやみ、その日はおだやかな日だったに。
村の衆が雨のために流された家や田んぼをなおしておるっちゅに、長者ったらな、和田の村の長者んとこに行きおった。まったくひどいもんだよ。
おせんちゃんのほうはな、久しぶりに外へ出たもんでいつも以上にな、楽しそうにまりつきしとったんだって。

 そしたらな、どこからともなくな、きれいな女がな、おせんちゃんの前に表われたっちゅうに。
女はな、むらさき色の布をまとい、顔だけだしとったそうだに。
そいでもって、女のあるいた所は水がしたたっていたそうだに。
なんとも不審な女よの。その女はな、冷たい笑いをみせるとな、おせんの手をにぎったそうだよ。

「さあ、ついておいで。このまりをあげるから。」
そりゃあそりゃあ、かわいい赤いまりだったそうな。
おせんはな、そのまりにひきいられるように大きな目をあけてついていったそうな。

 それを見ていた女中は不思議に思えたに。 
しばらくするとな、長者どんはよ、手みやげをさげて、酒によって、赤い顔をして村へ帰ってきたっちゅうことだよ。
「お、今帰ったぞ。ウッ? おせんはどこへ行ったんじゃ。まりがほうりっぱなしじゃないか。」
「それがその………。どっかの女がつれて‥…いったんで………。あんじゃないと思って……・。その…‥ふちの方へ………。」
 女中はな、長者どんに今までのことを話したんじゃ。
長者の顔は、青ざめたっちゅう。
きっと長者どんは、その女は竜がばけたかもしれんと思ったからじゃろうに。

 長者はな、片手にもっていたみやげを落としたまま、ふちの方へつっぱしっていたんだに。
そのいきおいに女中はびっくりぎょうてん。

腰をぬかすとこじゃった。

 長者は走って走って走りまくった。
じょうりはぬげ、汗まみれになってな、

「おせん……おせん……。」
てな、心の中でよび続けながらな。そこの角を曲ればふちだ!
      ……でも、まにあわなかったに。
 長者の目にはな、ただ、ふちにひきずり込まれていくおせんの姿しかなかったそうだに。
長者には、手のつけようがなかったっちゅうことだよ。
ただ、長者の一番いとおしいものが消えていくだけだったに。
 
「おせん         !」

長者の声は、ただ木沢の里にこだまするだけだった。

 何日か時がすぎてな、長者どんはそれでもおせんのことが忘れきれず、毎日というようにえん側に出てはな、かなしそうな顔をしてな、おせんの面影をおっていたっちゅうに。
それからというものな、長者はなー、今までのようなよくばりな心がしだいに消えていったんだって。

 それから、一年、二年とすぎてな、長者はな、おせんのことを思いふちのそばにおやしろをたててやったんだって。
そりゃあ、そまつなおやしろだが、村の衆はおそなえものをやったりするようになったんだよ。

 それからこのふちを「おせんぶち」ってよぶんだって。
村の衆の中にはな、おせんは死んだっちゅう人もいるが、中にはおせんはきっと、ふちの主となり、いつまでもこの村に住みついているというんだって。

 ばあさんの話はおわった。
「かわいそうにな、でもこれも、とうぜんのむくいかもよ。自分のよくからこうなったもんな。」
一郎の心の中は、何やら言葉にあらわせないような不思議な感じがした。何げない静けさがのこるだけだった。

とつぜんの事だ! 
ピシャビシャビシャ! 
上の方からしぶきをあげてて、アメノの大群が下ってくる。

「あの、アメノの大群、きっと、おせんの生まれかわりだに。」

 一郎は、ばあさんの異様な言葉にゾッ!とした。

 おせんぶち