お わ ん ぶ ち

 昔々の話で、小道木におわん淵という淵があった。
小道木にはあまり人が住んでおらんかったが、恭八というおじいさんがおった。
恭八は、おばあさんに先だたれ一人暮しだった。

 小道木では、一週間に一回だけ各家を順番にまわり、食べたり、飲んだりする行事があった。
それで、今度は恭八の番だった。
恭八の家は貧乏で茶わんや、おわん、さらもろくにないくらいだったもんで、食べるもんもあまりなかった。
恭八は、まず食べるもんからどうにかして集めにゃと思って、小さな畑から少しの野菜。
山へ登ってくりや、食べるもんを集め、川へ行って魚を取ってきた。
半日かかってやっとこ食べるもんを集めた。
恭八は、もうねたいほど疲れていた。
そんだけど、食べるもんが集まってもそれをのせる茶わんや、おわん、さらを集めにゃいかんかった。
茶わんや、さらはどうにかそろったもののおわんが全然集まらんかった。

困った恭八は、昔から伝えられとるおわん淵のうわさを思い出した。
うわさというのは、おわん淵へ行って
たのむと、きれいなおわんをかしてくれるという話だった。
 恭八は、昔から伝えられているだけで、誰もためした事がないおわん淵へ行く事にした。
そこで、急いで山の奥の淵まで行った。
行ってみると静かで奇妙な淵だった。恭八は、おっかなびっくり淵のそばにひざまづいて

 「どうか、おわんを御かし下さい。」とたのんだ。
すると、どこからともなく、物音一つもしないで、恭八の足元には、予想もつかんかったきれいなおわんが
あった。少しの間そのおわんに見とれてポケーとすわとった。
しばらくたって恭八は、

「あっ、早く山をおりにゃ。」と思ったとたんに、さっと立ち礼を言って家へもどったときにはもう、うす
暗かった。

恭八は、おわんをぬすまれんようにちゃんとかくしておいた。

 次の日、恭八はねこの手もかりたいほど用意でいそがしかった。
夕方になって、もうそろそろみんなが来るころだろうと思い、おわん淵からかりてきたきれいなおわんに汁
を入れはじめて、各台の上に一つ一つ大事においた。

恭八は、みんなのびっくりする顔を考えると、たまらなくなって一人でニヤニヤしていた。
そこへ、みんながワイワイ言いながら楽しそうに入ってきた。

恭八は、待ちかねていたようにみんなを迎えた。
考えていた通り、おわんの評判は予想以上に良かった。

 みんなは、それぞれ恭八に言った。
「恭八、おめえこんなきれいなおわんがあったかよ。」
「こんな、きれいなおわんわしゃー初めて見たぞー。」
とみんなうらやましそうに言っとった。
「どーだー、わしに一つでいいでくれんかなー。」
恭八は、そんな事こまると思って、
「いやー、そりゃぁだめだ。」
とあわててことわった。

 すると「そんじゃ、どこで見つけたよ、こんなおわん。教えてくれんかなー。」
と言われ、恭八はビク!とした。
教えてやっても良かったけど、なんとなくみんなに言いふらすのがいやだった。
それに、みんなが自分と同じきれいなおわんを持つという事がいやだったからだ。

 その日は、恭八にとって一番いい日だった。
みんなが帰った後、少しよいながらも後片づけを始めた。
恭八は、一番先におわん淵からかりてきたおわんを洗った。
大事に大事に洗った。洗い物が終わると、おわんを押し入れの中にしまいふとんをしいてねた。

 翌朝、目をさました恭八は、ふとんの中からばっと出て、押し入れの中に入れておいたおわんは
大丈夫かと手にとって見た。
見ているうちになんとなく返すのがおしくなった。
そこで、恭八は町へ行って売ってしまおう。
そうすれば金もうけができると考えた。
恭八は、おわんをふろしきに包み、町へ売りに行った。
おわんは、予想以上に高く売れた。
恭八は、もっとおわん淵からかりてきて、もっと金をためようと思いついた。
次の日も、次の日も、恭八はうそをついておわん淵からおわんをかりてきては、町へ行って金にかえた。
恭八の家は、みるまに大きく金持ちになり、ぜいたくな暮しをするようになった。
も、おわん淵の主は何日たっても、かしたはずのおわんがかえってこないので、いかっとった。

そんで、ぜいたくに暮していた恭八の家をゴォーといさましい音で燃やしてしまった。
恭八の家の近くのしゅうは、大さわぎだった。
ねとった恭八は、さわがしいのに気づき急いで外にとびでた。
自分の家がもうもうといきおいよく燃えとるのをポケーとして見とった……。

恭八は、その日からまた貧乏な暮しをするようになった。
 今は、そのおわん淵も小さくなっとるけど、小道木のしゅうは、「おおぶち」とよんどる。

                                                                   −完−  

  髪そりギツネ