天王様の赤ん坊

 むかし、むかしの話だが、遠山谷の下栗っちゅう部落に幽霊が出たそうな。
それはな、天王様のお祭りが終わって幾日かたった日のことだった‥‥‥。

 一人の薬売りが歩いとったんな。
もう夕方でな、あたりはうす暗くなっとったんな。
薬売りは、

「日がくれちまったなー。少し急ぐかのう。」
と、その時だった。
なまぬるい風がサーッと吹き、どこからともなく

「ねんねんころりよ、ねんねんころりよ。」
と、
人気のないぼさのあたりから………。
「で、で、で、でたあ〜〜〜〜。」
と薬売りは、下栗までいちもくさんに走ってったんな。
だがな、村人は、そんな話は信じようとせんかったんな。

だが、次々に幽霊をみたという人が現われてな、たちまちうわさが広がったんだに。
「天王様の下にゃ子をおぶった幽霊が出る。」とな。
そいで村人はそこを通ろうとせんかった。
だからな、困った事がおきたんな。
それはな、となり部落へ行く道が他にないもんでな、となり部落の衆の食べる魚や飲む酒がなくなって
しまったんだに。

 ある日のことだった。
下栗のお宮の下にたてかんばんがでてたんな。

そこには、いく人とも数えられんほどの人だかりがあったんな。
ガイガイ、ワイワイ、そりゃあにぎやかだった。
その内に方助というなまけものと、正六という正直者の働き者の二人の兄弟がおったんな。

そこには―天王様の幽霊退治をしたものには、金十両をやるべし―と。
それは、庄屋がたてたもんだった。
人ごみの中で方助は、

「しめしめ、おれの力で幽霊なんかやっつけて、たんまりほうびをもらったる。」
とつぶやいたんな。

 そして方助はその夜、

「あんちゃ、やめとけ。」
と言う弟をつきとばし、こん棒をふりまわして天王様へ向かっていったんな。
天王様へつくと方助は、やぶのかげにかくれてまっておった。

何時かたった。だが、幽霊らしきもんは出てこんかった。
方助は言ったんや、

「へェン、幽霊なんてうそっばちじゃねえか。」
その時だった。
風がサーッと吹いて、天王様の向こう側から
「ねんねんころりよ、ねんねんころりよ………。」
方助は
「とうとうでたな、このばかめ。」
と、つぶやき、声の聞こえる茂みへとびこんだ。
が、今度は逆の茂みから

「オギャーオギャー。」
と、子のなく声が。
方助はまたその茂みへと言う具合で、夜がしらじらとあけかかるころまでくり返しとったんな。
そのうち方助はこわくなって家へ逃げ帰ってきたんだに。

 体じゅうきずだらけで、青い顔をしてる方助に、夜もねむらずまっとった正六は、
「あんちゃどうしたんな。幽霊はどうしたんな。それよりきずの手当てをせにゃなあー。」
そいで正六はきず薬をぬりつけながら
「村人をこまらし、あんちゃをこんなにした幽霊なんかおらが退治したる、覚えとけ。」
と決心したんだって。

 そして次の日、正六は、こん棒をもって天王様の下へ行ってな、松の下の方に落とし穴をほったんな。
そしてその前にこしをおろし、出るのを待っとったんだに。
そして沢の水の音が聞こえなくなったかと思うと、

「ねんねんころりよ、ねんねんころりよ。」
と不思議な声が聞こえてきたんな。
正六は、落とし穴の方へおびきよせようとして。

「やい、こら、てめい正六はここだ、さっさときてみな。」
と、言ったんな。
だが、いざ幽霊がフーッとでてくると、

「やめてくれー。こわいよー。」
と叫びにげだしたんな。
だがミシッという音とともに、正六は自分の掘った落とし穴におっちまったんな。

 いく日かすぎた日に正六は、畑うないが一段落したところで、ドカッと木の株にこしかけ、
「幽霊退治なんかやめようかなー。はー。」
とため息をついとったんな。
「これ正六、なにしとる。」
それは、村一番の長老だった。
「何々、天王様の幽霊退治だと。なんだそんなことか、そんなことはなーサルノコシカケの粒をふりか
けりゃかんたんなことじゃ、はよ帰って十五夜の晩にやってみい。そういや今日はちょうど十五夜の晩
だの。」

 正六はすぐ家に帰り、家にあったサルノコシカケをすりばちですって粒にしたんな。
そして正六は作るが早いか天王様の下へ行ったんな。

 行ってな、少しまっとると、前のようにな、風がサーッと吹いたんだに。
「いよいよきたな。」
「ねんねんころりよ、ねんねんころりよ。」
と、茂みのかげから白いもんがボーッと向かってきたんな。
「このやろう、えいっ。」
と叫ぶが早いか、サルノコシカケのこなをなげたんな。
 あたりの風も、奇妙な子守歌も消えたんな。
暗やみの向こうから、ドサッと音がしたんだに。

正六はおったまげて、松の大木によじのぼってふるえとったんな。

 朝がだんだんと近づき、うす明るくなったころ、正六は、奇妙なものを見つけたんな。
それは、二匹の親子ギツネだった………。

 おそるおそる近づいてみると、死んでいた。
正六は、「かわいそうに、猟師に鉄砲でうたれて、死んでしまったのか。」
と、お母さんの薬代がほしかったけれどがまんして、お墓を作ってあげて、ねんごろにほうむってやったんな。

 そして、幽霊話のうわさが消えたころ、正六のやさしさが通じたのか、正六のお母さんの病気は、人々が信
じられないほどにかいふくしたんだって。

 そして方助も、弟のやさしさにふれて、すなおな働きものになったんだって。 
そして、親子三人仲よく畑うないをする音が、朝ぎりのごとく下栗の部落へ広がっていったんだって。

 正六には聞こえたんな、どこかで親子ギツネが笑いかけている声を………。

 茶碗とごん三郎