茶碗とごん三郎

 むかし、遠山谷に一つの大きな川が流れていた。
でも今は小さくなって流れている。

その川に大きなふちがあった。
このふちには大蛇が住んでいる、といわれていた。
この村の人々は、あまり生活が豊かではなかった。
大勢のお客さんが来ても、いい接待ができなかった。

 ある日、平吉のうちに大勢のお客さんが来ることになった。
この家はこの村の中で一つしかない宿屋だった。
が、今までにもない大勢の
泊り客だった。
困ったことに、人数分の茶碗がなかった。
近所の人達にも協力してもらったけど、だめだった。
困って困って、くる日もくる日も考えていた。
そして、お客さんが来る日の前日、川のふちのそばにすわって考えこんでいた平吉のそばで、何か妙な声が聞こえた。

ふと気がついて見ると、それは大蛇だった。
大蛇が平吉に
「何をしているんだい?」と聞いた。
でも平吉は
「ハーツ」とため息をつくだけだった。

大蛇はまた尋ねた。
「どうしたね、何をそんなに考えこんでおるんだね。」
「はあ、実は、その、私の家は宿屋でして、今度、今までにもない大勢のお客さんが来るんです。でも、それだけの
茶碗がないんです。それで、近所の人達にも協力してもらったんですけど、集まらなかったんです。」

「ちょっと待っててください。」
大蛇は、スーッとふちの中に入っていった。
少したつと、

「あっ忘れておりました。それで茶碗はいくつくらい足りないんです?」
「そうだなぁ、えー、あと二十個ばかり足りんかなぁ。」
平吉が言うと、大蛇はまた、スーッとふちの中に入っていった。
平吉がぼけっとしていると大蛇がふちから出てきて呼んだ。
すると、二十個の茶碗を持ってきた。

「これを持っていって使いなさい。必要がなくなったら、またここへきて、その木の前に座って手を合わせなさい。
そして、大蛇様どうぞ出てきてください、と三度お願いしなさい。すると私は出てきます。これからも必要な時は
ここへ来なさい。」

大蛇はにこりと微笑むと静かに入っていった。
平吉は、

「助かった、これでお客様も安心して泊めることができる、よかった。」
と思った。
でも、大蛇の事は、どうも不思議に思えた。

 いつの間にかこの話は、村中に広まった。
この話を聞いた村の人々はどんどんとこのふちへ行って、茶碗を借りるようになった。
返す時は大蛇が言ったとおり、木の前に座り手を合わすと、
「大蛇様、どうぞ出てきてください、大蛇様、どうぞ出てきてください………。」
 と三度言っていた、という。

 ある日、この話を聞いて隣村のごん三郎という男がやってきて、このふちへ行った。
そして、
「茶碗を貸してほしい。」
などといっては借りていった。
ところがごん三郎は、返さず、毎日のようにこの村へ通っていた。
自分の村へ帰って、貸してもらった茶碗を家の前へ並べて売っていた。
それがまたよく売れたので、茶碗を借りにきていた。
それを知った大蛇は、何とかしようと考えた。

 大蛇は、ちょっとよごれた茶碗を貸すことにした。
ごん三郎は、あまり茶碗が売れなくなって、ちょっと生活が苦しくなってきた。
そこで、大蛇の所へ行って文句を言おうと思った。
いつものように出かけていった。
大蛇を呼ぶと、

「すまんが大蛇様よ、もうちょっときれいな茶碗を貸してくれんかね。あれじゃちょっときたなすぎるよ。」
大蛇はこのことばを聞くと、カーッといかりがこみあげてきた。
が、落ちついて、
「今までの貸してやった茶碗は!?」と聞いてみた。
でもごん三郎は、ハーッ?ととぼけたように答えた。

大蛇はもう一度
「今までの茶碗はどうしたのかね?」
と聞いてきた。
ごん三郎は、なんと、うそを言った。
「あっ、あれは、帰る途中だまされてとられてしまったものもあります。それに、家に持っていってなくなってし
まったのもあります。それと、ぬすまれたことも何度かあったんです。」

大蛇は、これはどんな気持ちでいるかわからない、と思った。
「それは本当の話ですか? 絶対に本当のことですね。」
と念をおして聞いた。
大蛇は本当のことを知っていたので、本当のことをいうかと思った。
でもごん三郎は、決して本当のことを言おうとしなかった。

 大蛇は、
「わかりました。」
と言って、ごん三郎を帰らせた。
そして何かいい方法をと考えた。
多分これからも借りに来るだろうと思った。

作戦をたててやっていこうと考えた。

一方、そんなこととは知らずごん三郎は、うまくいった、これで前より少しは楽になるだろう、と喜んでいるところだった。 
大蛇が思ったとおり、次の日、早速ごん三郎はふちへやってきた。

前までやっていたきれいな茶碗を貸してやった。
次の日もその次の日もきれいなのを貸してやった。
そうして一ケ月ばかり貸してやっていた。
大蛇は、そうしていればごん三郎は、自分が悪いことをしたと思い、今までの本当のことを話しにくると思っていた。
しかし、ごん三郎はうまくいったと思いこんで、いい気になって生活していた。
 大蛇は、またきたないのを貸すことにした。
それでもごん三郎はいつものように、借りにきた。
ごん三郎というのは、うそをついてまで自分を守ろうとする、きたないやり方をする人だった。

 それから、何日かした頃、前のようにごん三郎が文句を言いにきた。
「大蛇さんよ、もう前にも言ったじゃないですか、あれじゃちょっとよごれがひどいんですよ。」
大蛇は落ちついて
「では、今まで貸してやった茶碗は、いったいどうしたんですか?」
 「だから、それは前にも言ったじゃありませんか。だまされてとられたり、なくなったりしたんですよ。」
もう大蛇は、がまんしきれなくなってしまった。
「私は本当のことを知っているんですよ。あなた、いいかげんに本当のことを言ったらどうなんです!!」
おこるように言った。
それなのに、ごん三郎は、本当のことを言わなかった。

「それでも言わないんなら、私が言ってあげましょう。」
大蛇は、一生懸命に言った。

「茶碗を家へ持っていって売っていたんですね。そして、きたないのをくれるようになってから売れなくなってしまった。だから、それは捨ててしまい、私の所へ文句を言いにきたんです。そうですね、ごん三郎。」
ごん三郎は、もうびっくりしてしまい、何も言えなかった。
ごん三郎は、不思議に思ったが、大蛇は、神様だと思い、

「すみませんでした。どうかお許しを。」
と一生懸命、頭を下げた。

「どうやらわかったようですね、これからは、正しい人になりなさい。」
そういうと、ふちの中へ入っていった。 
それから、ごん三郎はいつも正しい人、と心がけてやってきた。

 ある日、ごん三郎は、あのふちへ行って、大蛇にお礼を言ってこようと思った。
そして、出かけて行ったが、あのふちには、大蛇はいなかったという。

 それから、茶碗は、この村の人々、ごん三郎、多くの人々に使われてていたという。

 七つ釜