遠山様の死霊祭り

 昔々のことだ。
この村の殿様だった 遠山様 はな、たいそう横暴だったんな。
年貢の取りたてをする時にゃあ、二升取るにも二升四合っちゅう皮物で取った。
村人たちゃあ、困りはてていたんだが、どうすることもできんので仕方なしにしたがってたんな。
 
 ところが、ある時に遠山様が「人間の腹の中のしくみを知りたい。」ちゅうて言い出した。
村人たちゃあ誰に白羽の矢が当たるかわからんもんで、自分たちがやられる前に殿様をやっつけ
ちまおうと考えて、計画をたてることになったんな。
 
 みんなから嫌だっちゅわれとる遠山様だったが、めんこいおちよという一人娘がいたんな。
村人たちと仲が良くてな、たまたまだったけども、いっしょに遊んでは城へ帰ってった。
おちよは、山や川でおもいっきりしたいことしたかったんな。
 
 遠山様は たいそうかわいがっていたんな。けどな、おちよの気持ちを何も考えてやっていなかった。
それに村人たちには、たあへん悪いことをしていたんな。
だもんで、おちよは遠山様のこと嫌いだったんな。いくら自分の父親だってもな。
それから、奥方様もなんだって。

奥方様とおちよにそろって嫌がられている遠山様は、何も不幸せなことがないような顔してたんな。
知らんかったんだな。

 そのめんこいおちよだったが、百姓のむすこ辰吉を好いとったんな。
辰吉の方もやさしいおちよをずっと見守っていてな。
その仲を見た村人たちは、おちよのやさしさを知っていたもんで、何とか二人を結ばせていっしょ
にしてやりたいと思ったんな。だけども仮にもおちよは殿様の娘だもんで、こりゃああきらめても
らうほかはねえと思ってたんだよな。

 ある日村人たちが集会をやったところへ、ひょっこりおちよが現れた。
しばらくは楽しそうに話していたけどな、遠山様のことを話し始めると、急に口をつぼめてしまってな。
村人たちは、ちょっと悪く思えたんな。だもんで、

「…‥城へもどった方が良くないか。かわいそうだが……。
辰吉との仲は、あきらめた方がいい。」そう言ってみた。

 するとおちよは、たまげたことにこう言うんな。
「私は、辰吉さんを好いています。村の人たちが父を嫌っていることは知っているし、今までに犯した
悪事は、どうやってもつぐなえないとわかっています。父を、殺す計画をたてていることは辰吉さんか
ら聞いています。私は、何も言えません。」

きっぱりとおちよは言った。あんまり迷いもないようだったしな。それから続けて
「母だけは、助けてやってほしいんです。母は無理やり十八年間、いっしょに住まわされていただけで、
父を他人と考えていたのです。」

そう言ったんな。おちよの心を知った村人たちはおちよの、もう一つの姿を見たような気がしたんな。
厳しさという――――。

 そして、「よし、わしたちが力を合わせれば、遠山様だろうと、何のこたあねえぞ!
おちよさん、本当にすまんが、辰吉がいる。奥方様はあんじゃあねえからな、心配するんじゃねえよ。」

と言って、計画に念を入れ始めたんな。
そして、おちよを城へ帰させた。

 十日後だった。
遠山様は、参勤交代に行く途中だ。
それでな、村人たちは計画どおりに、行列の通る上道にまわって、行列が真下にきたとき、石やら大木やらを、
ゴロゴロゴローと落としたんな。
遠山様は苦しみながら

「おのれ、あやつらめ……。……おぼえておれ……。」
そう言って死んだ。 
遠山様の死は、村人、誰もが喜んだ。
そして、おちよと奥方様は城から助け出されて、おちよは辰吉と、いっしょになることができた。

何かとおちよにとっては、えらかったかも知れないけどな、きっとおちよ、それから奥方様にもうれしかった
ことと思うよ。

 ところがな、殺した後、悪病がはやったり不作が続いたりしたもんで、村人は、
「これは、遠山様のたたりだ」と思うようになったんな。

それにな、おちよと、奥方様の、夢の中にまで出てきよって、うらめしそうな顔をしたんだってな。
たまらなくなったおちよ、奥方様はどうにかしにゃならんと村人たちと考えた末、墓をたてることになったんな。
まだたててなかったでな。
いくら何でもと思い、たてたんな。

 それからな、それだけで許してくれるだかと考え、死霊祭り をするようになったんな。  
悪病は、いつの間にやらおさまっていてなあ、不作続きだった田畑にも、風が吹いて穂がゆれていてな、
見事な野菜がたあへんなったんだってな。

 やっぱし、死霊祭りをして良かったんだなあ。
その死霊祭りは、いく度となくやっていくうちに、霜月祭りとなってな、今の世も変わらぬ気持ちで行
なわれているんな。
良かったなあ、たたりがなくなって――――。

 とらのねば