と ら の ね ば         

何やら、キャッキャワイワイ、楽しい声をひびかせながら三人の少女たちが、程野の奥のとらのねばの
道を歩いて来た。すると一人が
「あらっ、かわいいお地蔵様。」
「ほんとだっ。かわいいー〕
そして、また一人が、
「あらあ、こっちのお地蔵様、なんとなくさびしそうじゃない?」

「そういえば、そんな気がしないでもないわねえ。」

「どうして、こんなさびしそうな表情してるのかなあ。」

三人は不思議そうな顔をして立ち止まっていた。

そこへ、白髪で腰の曲がった老婆が現れ、

「おまえさんがた、どうしたんじゃね、難しい顔をして。ははあん。この地蔵様が、さびしい顔しとるもんで、
不思議なんじゃろ。三つも地蔵様がならんどるのは、どうしてじゃと思っておんたんじゃろ。」

三人は、顔を見あわせて、返事をためらっていた。
「ちがうのかね。」
という、老婆の言葉に、三人はあわてて
「はっ、はい。」
と答えて、老婆の話が始まった。

 昔、およねっちゅうたいそう子沢山な女があったんだ。
およねのうちは、それはそれはまずしい家庭で、明日の食べもんも心配なくらいであった。
ほんだで子供たちは、わずかな食べもんを仲良く分けて食い、いっつも腹がへってひもじい思いをしとったん
じゃって。
 
そんな生活を見かねたおよねが、その夜、子供達が寝静まったころ、夫ごんすけにゆったんじゃ。

「おまえさん、このままじゃあの子たちがかわいそうじゃないのかい。」
ごんすけは、
「ううん。このままじゃあなあ。」
といい、小声で二人の会話が始まった。   
「どうにかならんもんかねえ。」

「ああ。」
ごんすけは、うなづいただけだった。
するとおよねは言った。

「上の子たちは、しかたねえが奉公に行ってもらわねばならねえかのお。
もう、お花もお幸もかずべえなんかも、奉公に出しても、おかしい年じゃあるまい。」

「おらは、できるならば手もとにおいときてえんだがなあ。
でもよ、本当にこのままじゃ一家みんなうえ死にだよなあ。
お花、お幸、お雪とかずべえとにこすけ、それに三太郎は飯田かどっかへ奉公に出さんとなあ。
ほんでほかのみんなであのやせた畑を耕さんことにはなあ。」

「ほんでも、ろくや…。ろくはどうしたらええかの。まだ、生まれたばっかで畑仕事なんかできるはずねえ。
かと言っても、おらは世話なんかしとれん。」

「どうしたもんかのぉ。」

二人は考えこみ、会話はとぎれた。
しばらくして、ごんすけは、ため息まじりに言った。

「だれかに、ひきとってもらうかのぉ。」
「いったい、だれにじゃ。」
「だれにと言われても…。金持ちで、ろくがひもじい思いをせんよなとこがええなあ。」
「だれかそんな人、おまえさん知っとるのかね。」
「金持ちといってもなあ。」

また、二人はだまって考えこんだ。思いついたように、
「峠の地蔵様とかあ、よく人もとおる。」
「それが、どうしたんだね。」
「ほんだから、そこに……。かわいそうだが、ろくをおいてきたらどんなもんかの。」

「そっ、そんなこと、おらがゆるさん!ちったあえらくてもおらが育てるで。」
「ほんでもなあ、おまえ。そうでもせんと、くらしていけんじゃねえか。」
「ほんでも…。」
およねは、しばらくしてから、しぶしぶとうなづいた。

 そして数日後、およねはろくやを抱いて峠の地蔵様の所へ向かっておった。
およねは、止まらぬ涙で顔をぐちゃぐちゃにし、ろくやの頭をなでて、そしてだいじにおいた。
何度も、何度も、ふりかえり、ふりかえりしておよねはさった。

 夕焼けのころ、一人ろくやは地蔵様のそばに寝かされたままでおった。
だれにも、ひろわれていくこともなく。
ろくやは、はらがへったのか、おしめがぬれたのか、はたまた母においてかれたことがわかってか、
オギャオギャ、ワーワー泣いておった。
すると、どこからともなく、冬で何も食べるものがなく、はらをすかせたからすが、スーツと飛んで来て、
地蔵様の顔にとまった。そして、いつしかろくやにとまりつつきはじめた。
次々に、何羽かのからすも、バサバサ羽をはばたかせてまいおりてきて、ろくやをつつきはじめた。
見る見るうちにていたろくやの声もいつしか消え、死んでおった。

 一月ばかりして、およねはその峠を通った。
すると、地蔵様のそばには、ろくやの変わりはてた姿があった。
およねは、たまらない気持ちになった。
ろくやにすまないという気持ちから、およねははらをきった。
夜になってもおよねは帰って来ず、心配したごんすけは探しに行った。
どんどん峠の道を歩いていくと、地蔵様のそばに、変わりはてたろくやをかかえておよねがたおれておった。
ごんすけはたいそう悲しんで、自分も死んでわびようと思ったが、あとに残る子供のことを考えて死ぬこと
はできなんだ。

 ごんすけは、一人のために地蔵を作り、まつったそうな。
もともとあった地蔵様の隣に、およねとろくやの地蔵とが二つならんであるそうな。
ほんで、ここには三つの地蔵様がならんどるんだということじゃ。

 話が終わると三人はぼう然としていた。
そして、ハッと気がつくと老婆はどこへ行ったのやら、消えてしまっていた。
三人は、何か怖くなり、早足でこけながら帰っていった。
春一番がつめたくふきつけるころであった。

 どんまいとおとし