与 吉 と 山 男

 「しまった! またにがしちまった。」
与吉は、今日も山へ狩りをしに来とるが、どういうわけか今日にかぎって、ちっとも獲物がつかまらん。

一日中山ん中歩きまわっとるうちに、辺りもすっかり暗くなっちまって、しようがねえからあきらめて山を降りる
ことにした。

 すると、どっからやってきたのか知らんが、目の前に山男が立っておった。
与吉は、たまげて口もきけんくなっちまうし、逃げようと思っても足がちっとも前に進まん。
慌てて手に持っていた鉄砲で山男めがけてパンパン打ちまくった。
いくら打っても山男はびくともしねえ、それに残ってる砲は、あと一つしかない。

 そんな時、
「まぁ、待て待て、わしがおまえの守神になってやるから、ここでおまえと会ったことは、だれにも言うでねえぞ。」
と言って、またどっかへ行っちまった。

ちっとたって、やっと我にかえった与吉は、いちもくさんに山をかけ降りた。 
家に着いた与吉は、それからあまり近所の人と口もきかなくなった。

 雨がザーザー降ってた日に、与吉は村までちと出かけていった。
与吉の家から村までは一里ぐれえあって、ほせい道がくねくねまがっちょる、そんな所を気いつけながら歩いていっ
たんだが、水たまりをよけたひょうしに、足すべらせて、がけから落ちちまった。

 しかし与吉は、とちゅうにつき出ていた木につかまり、さいわい命だけはたすかった。
そんだが与吉はちゅうぶらりんで、いつ来るともわからない人に向かって
「助けてくれ、助けてくれ。」とさけんでおった。
―ちっとたつと上の方から、ひもがスルスルおりてくる。
こりゃぁいいあんばいだとひもにしがみつき、いっきに登っていった。
 道までたどりつくと人はだれもいねえ、だがそのひもは、しつかりとふてぇ木にくくりつけてあった。

与吉は思い出した。
あん時、山男が守神になってやるといった事を。

それから与吉は無事村まで行ってこれた。 
 山男に助けられたのはこれだけでねえ、狩りん時も獲物が捕まらねえと、帰る途中道にイノシシが転がっちょる。
なんか物がどっかいっちまってさがしちょるとさがし物は、いつも神だなにのっかっとる。
与吉はこんなことがあるたんび、山の方へ向いて深ーく頭を下げちゃあおった。

 与吉がちょうど、まんまを食べとる時だった。
外の方で
「与吉さん与吉さん。」と呼ぶ声があった。
いそいで戸を開けてみると、見たこともねえ、きれいな娘が立っておった。

与吉は娘を中へ入れてやり、どうしておいらの名前がわかったのだ。
どっから来たのかと聞いた。

 だが娘は下を向くだけでちっとも答えんかった。
やさしい与吉は、もう二度と娘のことを聞こうとはしんかった。

 一日たっても二日たっても、娘は家から出て行かんかった。
そうやってもう半月もすぎちまった。
もちろんそれからも仲よく暮らしていった。

 そんなある日の夕飯の時に、与吉は娘にいろんな事を話してやった。
夏の祭りのこと、去年のとなり村の大火事のことなどとそんな話をしとるうちに、ついちょうしになってあの山男と会ったことも話しちまった。
「おいらちっと前、山へ行ったら山男に会っただ、山男はなあ、おいらの守神になっちゃるっちゅうんや。」
娘にこのことを話すと、与吉はぐうぐうねちまった。

 障子のすき聞からさしこんでくる金色の光のまぶしさに与吉は目をさました。
するといつも台所で朝飯をつくっとるはずの娘の姿が見あたらねえ。
外をさがしても影一つみえねえもんで、与吉は村へでも行っちょるかと思って待っておったが、おてんとさまが空のまん中辺へいってもちいっとも帰ってこりゃせん。
 与吉はもう必死になって捜した。
村へ行って一周りしてきたんじゃが、娘は出てこんかった。

「おー ぅい、おー ぅい! 返事をしてくれー。おいらじゃー、与吉じゃー。」 
与吉は ひとまず家ん中で考えた。
どこへ娘は行っちまっただかなあ、おいら娘になんかわりーことでもしたんだか……ったくどうすりゃいいんだ………。
ああぁこんな時山男さんが助けてくれりゃあいいんだけど……。

「そうだ! 山へ行ってこよう、そうすりゃあ山男さんに会える。そんで娘をさがしてもらおう。」
与吉はいちもくさんに山へ行った。
そして、あの日、山男と会った場所へ行った。

すると与吉を待っていたように、山男はちょこんとすわっておった。
いそいでかけよっていった。

すると山男の方から与吉へ話しかけてきよった。
「与吉よお、おめえの捜しちょる娘は、わしの娘なんじゃ、おまえとのあの約束を破っちゃあこまると思って娘をおめえの所さ行かせただ。娘はおめえのことを好きんなっちまって、夫婦にさせようと思ったが約束を破っちまったからにゃあ、もうそんなことはできねえ、もう娘はおまえに会わせねえことにするだ。」
「そ、そんなあ、せめて一目だけでもいい、最後に一目会わせてくれえ。」
与吉は涙をいっぱいためてたのんだ。
 じゃが山男は聞く耳をよせようとはしんかった。
 
与吉は山を降りた。
足は重く頭ん中はカラッポのようだった。
家についても仕事には力が入んねえし、何をやってても娘の顔が頭にうかんでくる。

 与吉は、もういっぺん山へ登った。
知らず知らずのうちに、さっき山男と会った所へ来ちまった。
だがそこには山男の影も形も見えない。

 与吉は、また歩いた。トボトボトボトボ。 
少し向こうに小さな沢が見えた。
のどもかわいたので一口ばかり水を飲もうと思い、歩みよると、一人の女がしゃがみこんでいる。
 与吉は「まさか」と思い近づいていった。
すると、なんと女はあの娘ではないか。
今まで暗くしょんぼりしとった与吉の顔は、笑顔でいっぱいになり、娘のやさしい目からは涙がいっぱいあふれていた。
 与吉は娘に言った。
「おいらといっしょにこっからにげよう。そんで二人で暮らそう。」
娘は深くうなずいた。
それから与吉は娘を引っぱって走った。
荷物なんてもんはひとつも持っていなかった。
山ん中かけずり降りて、走って、走って精いっぱい走った。

 山男は、家で娘の帰りを待っておったが、いくらたっても帰って来ん。
仕方ねえもんで沢まで捜しに行ったら、そこには娘のくしが落ちとるだけじゃった。
慌てて山男は娘をさがした。
与吉が娘をつれていったことに気づくと、山男もおおいそぎで与吉たちのあとをおった。

「こらぁー 与吉−い娘を返せーえ こらぁー 与吉いー。」

 山男の声が聞こえた二人は、どんどん走った。
だがとうとう行き止まりの所へ来てしまった。
目の前はでっかい滝だ。山男にも、もうおいつかれてしまった。

「与吉よぉ、娘をこっちに返せぇ。」
山男はおっかねえ顔をしてさけんだ。

与吉もまけずに言い返してやった。
「いやじゃーあ、おいらは娘と二人で仲よー暮らすんじゃい。おめえなんかに娘を返すもんか。」

山男は笑った。
「わっはっはっ、おまえみたいなやつに娘をやるわけにはいかねえ。だいちおまえは約束をやぶる悪いやつだ。そんな弱いやつにはやれねえ、どうしても娘がほしいならその滝から飛びおりてみろ。おまえにはそんなこと出来んだろう。それよりおまえはそんな勇気もないだろう。もし、生きて帰れたら、おまえに娘をやろう。」

 その滝はとても高い滝で、その滝に落ちて生きて帰ってきたものはだれもいなかった。
だから山男もまさかそんなことはしないと思っていた。

「おい、この滝を飛び降りれば娘をもらえるんだな。」
と与吉は、山男に聞いた。
 どうやら本当に飛び降りるらしい。
娘はいっしょうけんめい止めようとした。
だが与吉は、まっさかさまに落ちていってしまった。
娘は目をつぶった。

「ボッチャーン。」
広く水しぶきが飛びちった。

 いくら待っても与吉の姿は見えんかった。

 創作 遠山の民話