百体庚申(ひゃくたいこうしん)

                 
 松の田のつるね(注1に、庚申さまが百体もあって、「百体庚申」として

まつら
れておる。

なんであんな山の上にあるんだか。これはそのいわれの話な。

 十二月になると、遠山地方は湯立ての霜月神楽が、あっちこっちの神社で

はじまる。

氏子しゅうは、昼間から神社に入って祭りのじゅんびや、直会(注2)のごち

そうづくりにおわれる。

村のしゅうが全員で祭りを楽しむっちゅうことだ。

 ある年の、木沢の霜月祭りのことな。

 月もでてよい晩だったそうな。けんぶつ人もだんだんふえて、釜の湯も煮

えたぎり、祭りもいよいよ最高潮となって、

「ヨーッセ、ヨーッセ」

というかけ声も、ぐんしゅうの中からではじめた。

 そのとき、急に社殿がグラグラっとゆれ動いた感じがした。
                            
 そうすると、

今まで月がでていた美しい星空だったのが、にわかにかきくもって、風が木々

をゆり動かし、あたりはぶきみなふんいきになった。

 神主をはじめ祭りにさんかしておった人たちは、なにごとかと身を小さくし

てじっとしておった。

 しばらくすると、月がこうこうと輝きはじめ、それからは祭りもとどこおり

なく進み、明け方には終わった。 

 祭事もすみ、一段落ついたとこで、祭りの関係者があつまってきた。

「ゆうべのあれは、なんだったんだ」

「よくわからんが、なにか神様の勘にふれるもんがあったのかなあ」

去年までは、なんのとどこおりもなくやってきた祭りで、今年だけ

かわったことをやったわけではない。

思案にくれたしゅうは、長老のところへ相談にいったんな。

「なんのわざわいかはわからんが、八百万(やおよろず)の神さまの

通るあの山のつるねに、
百体の庚申さまを祭るのがいい」

そこで村のしゅうは、つるねに百個の石を運びあげ、一体一体庚

申さまをほっていった。

 まる一年かかったが、次の年からはへいおんぶじに祭りは行な

われ、
今につづいとるっちゅうわけな。



(注1) つるね……尾根のこと 
(注2) 直会(なおらい)……神事のあと、お神酒やお供物をおろしていただく酒宴



 愛宕神社の宝物