怪物の牙(かいぶつのきば)


 なにしろ、遠山谷は耕地が少なくて、山の斜面を切りひらいて山焼きをし、

そこでそばやキビを作って、ほそぼそとくらしとった。

家里から遠くはなれた耕地の作物が、山のけものなんぞにやられんように、

雪の消えた春から、収穫どきの秋まで、作小屋
(さくごや)を作ってねとまりをする。

そこへはけものを追いはらうために、たいていのものは鉄砲ももちこんどった。
 
 そんな作小屋で、ある年の秋、茂平はそばの実を石うすをまわして、粉にしとった。

この半年いっしょうけんめい働いたのに、天候がおもわしくなくて、収穫はわずかば

かりしかなかった。

「今年の冬は、どうやってくらしたらいいか……こまったことだ」

 里でまっておる家族たちのことを思うと、いくどもためいきがでた。

 夜も更けて、石うすのまわる音だけが、

「ゴロリーン、ゴロリーン」

と、シーンとした山の中に消えていく。

 そのとき、とつぜんくらやみから、

「やるぞ、そりゃ、うけとれー」

われるような大声がひびいてきた。

 茂平はびっくりして、

「こんな山ん中でいまごろだれずら」

と思ったが、くれるというんでつい、

「ほんじゃ、よこせー」

と、さけびかえした。

 そうすると、太い木が、ミシミシッと折れる音がしてきたかと思うと、

小屋の屋根へ、

「ドッスーン」

ものすごい音がしてなにか落ちてきた。

 とたんに大地震のように小屋ぜんたいがゆれ、屋根板がバラバラと中へ

落ちてきて、てんじょうへポッカリと大きな穴があいた。

 茂平は、不意うちをくらって、部屋のすみまでとばされちまった。

それでも立ちなおって鉄砲をかまえると、大声のしたくらやみへ

むかってひきがねをひいた。

「ズドーン」

静まりかえった山あいに、耳をつんざくような銃声がかけぬけた。

 しばらく静かだったが、またもや、

「ほーれ、やるぞー」

大声がきこえてきた。

つづいてウオー、ウオーという、きみのわるいうなり声もした。

 茂平はあわてて弾
(たま)をつめかえ、声に向かってねらいをすまし、

また鉄砲をうった。

「ズドーン」

それでも、いっこうにあたったけはいがない。

 またしばらくすると、

「やるぞー、ほーれ、ウオー、ウオー」

おそろしいうなり声。

 のこっておる弾は、護身用の金色
(きんいろ)の一個だけ。

「神さま、どうかあたりますように」

 心にねんじながら、ひきがねに力をこめて強くひく。

「ズドーン」

 こんどは、てごたえがあったようで、

「ウオオオオオー」
 
 ものすごいうめき声とともに、ガラガラガラッと大岩のくずれる音。

ボキボキッと大木の折れる音。

 つづいてなにか大きなものがゴロゴロゴロッと、谷底へころげ落ち

る物音がした。

 茂平はおそろしくて、ブルブルふるえながら、いっすいもしなんで夜を

あかした。

 あくる朝、おそるおそる外にでてみると、小屋になげられておったのは、

ひとかかえもあるような大岩だった。

 そのあと、沢づたいに谷底までいってみると、そこには今まで見たこと

もない、大きな、猿ににた怪物が、岩と岩にはさまれて倒れておった。

口にはものすごい牙がはえておる。

「こんな怪物に、大切な作小屋をこわされ、収穫したそばもめちゃめちゃにされたか」

 そう思うと、茂平のはらわたは、にえくりかえるほどの怒りでいっぱいになった。

「ようし、こらしめてやる」

茂平は、腰なたで怪物の牙をぬき、それをもって山をくだった。

 その牙は、今でも茂平の子孫の家に家宝として、たいせつに代々うけつがれておる

そうな。

 
おふみについたくだしょう