霞網のはなし


「霞網(かすみあみ)というものを知っておるかな」

話しはじめたのは、かすみあみの名人といわれとった、げた屋のおじいだ。

 おじいは、たいそう話じょうずで、夜になると近所の子どもたちが話をききに

あつまってくる。

 この晩も、五、六人の子どもがきておった。

「それはなあ、アトリのような渡り鳥がくる谷へ、鳥には見えんような細い糸の

あみをはっておくんじゃ」

「うんうん」

 子どもたちは、身をのりだすようにききいっておる。

「おとりの鳥の声にさそわれて鳥のむれがやってくるのよ。それをはった網に追い

こむとこが、いちばんの見ものなんじゃ」

おじいの話はつづく。

 そのうちに子どもたちは、霞網というものをどうしても見たくてたまらなくなった。

「おじい、その霞網というものをどうしても見せてほしいなあ」

「よし、それじゃあ家の人に許しをもらってこい。明日にも行けるように、準備をし

とくで」
        
「うんっ」

子どもたちは、大喜びで帰っていった。

 つぎの日、おじいとおばあにつれられて山原とか底稲(
そこいね)を通って、泰阜(やすおか

の栃城(
とんじろ)の山の中にある、おじいの鳥小屋までいった。

そこでおばあが作ってくれたご飯を食べ、霞網の話なんかをききながらたのしいひとときを

過ごして寝ることにした。

 翌朝四時ころ、

「ぼうたち、起きな。これからいくぞ」

おじいに起こされて、まだまっくらな山道をおとりの入った鳥かごをもって、鳥場へむか

った。

 そこには、上に金車がついた長い木が二本立ててあり、谷間に網がはってあるらしい。

「さて、夜あけまでまつとするか」

 まだ寒いので、みんな毛布にくるまってかくれておると、やがて夜が白々とあけてき

て、おとりの鳥がさかんに鳴きだした。

その声にさそわれるように、小鳥の大群があけがたの空に、くもの子をちらしたように

とんできた。

「きたぞ、きたぞ。声をだすなよ」

おじいが小声でいうと、子どもたちは、いったいなにが起こるのかと、わくわくしながら

かくれておった。
 
 小鳥の群が目の前にきたとき、とつぜん、

「ビバビバビバーッ」

という、きいたこともない、きみょうな音が響いた。

 そうすると、小鳥の群はびっくりしたように、急降下すると、はってあった網に首をつっ

こんで、ばたばたしておる。

「さあみんな、綱(
つな)をゆるめて、網(あみ)をおろせ」

おじいにいわれ、子どもたちはむちゅうで立ててある木のとこに走っていった。

 その綱がまだ地面つかんうちに、おじいは鳴きさわぐ小鳥を手早く綱からはずして、袋へ

入れていく。

おじいはその中の一羽を、大事に鳥かごへ入れた。

「これは、次の霞網のときのおとりよ」
 
 それから、たくさんの小鳥を入れた袋をかついで小屋にもどると、

「これはアトリ、これはツウメ」

と、手早く小鳥のはらわたをだし、毛焼きをすると串にさして炭火にかざした。

少し焼けるとタレをつけ、また焼いてタレをつける。

ぷーんといいにおいがたちこめる。

「さあぼうたち、焼きたての鳥だ。食ってみろ」

「うめーなあ」

「あの、鳥を追いこんださっきのきみょうな音は、なんだったの」

鳥を食べながら、おじいにきいた。

「あれか、あれは鷹(
たか)の羽音に似せた笛よ。鳥たちは鷹がきたかと思って

急降下して逃げるのよ」
 
 子どもたちは、ますます感心した。



 
アトリ… アトリ科の渡り鳥
 おとり… 鳥.獣をさそいよせるため利用する鳥獣
 鳥 場… 霞綱を張る場所
 ツウメ…ツグミ

 霞網は、現在禁止されている。

  狐の家族