金平さの猪(しし)追い 

 むかし、村に金平さという人がおった。

この金平さ、ふだんはにこにこ笑っておるだけだが、ちょっと変わったとこがあって、

「変わり者の金平さ」って呼ばれとったそうな。

 ある暑い日、金平さが飯田へいったときのことだ。

その当時、飯田へでるには、まず合戸峠をこえ、その先の小川路峠をこえて、一日が

かりのことだった。

合戸峠までのっぼってきた金平さは、峠にあるお地蔵さまの木陰で一休みしたそうな。
 
 そこへ和田のほうから三人の村人が大汗でのぼってきた。

見ると金平さは、どこから持ってきたか、天狗のうちわをあおいでおる。

そのすずしそうなようすに、ひとりがこらえきれんようになって、

「なあなあ金平さ、そのうちわをわしらにも貸してくれんかな」

「ああ、いいとも、いいとも。だけど、いまはわしが使っとるで、空いたらな」


ところがいつまでたっても、貸してくれる様子がねえ。

「いつまで待っとりゃ空くんな」

「冬になりゃ空くで、いつでも貸してやるわあ」

 それからわはははと大笑いすると、よっこらしょと腰をあげ、うちわをひらひら

させながら、峠をおりていっちまった。 


 のこされた三人は、おこることもできず、口をぽかんとあけて見送っておったって。 
 
 さて、金平さが飯田についたのは、日がくれるころだった。

さっそく宿をさがしたが、こみあっておって、なかなか空いた宿がみつからん。

 五軒目でもことわられて、すごすご出っとしたら、その宿の主人が、


「ちょっと待ってくんな。遠山からお見えになったそうで。なんでも遠山では、猪(しし)

追いちゅうことをやるっていうが、わしはまだ見たことがない。それをひとつ見せてくれ

んかな。そうしたら、いつも使っとらん部屋を、ひと晩お貸ししますで」
 
 それを聞いた金平さは、

「そんなのはわけもないこと。ただ一斗かんと、棒きれを1本用意してくれんかな」

と、すましていった。

 そんなのはたやすいことだと、宿の主人はしたくをさせた。

さて、夕飯もすんで、部屋に入った金平さ、板戸を二枚はずして、山のかたちに立て

あわせた。

 そっとのぞいた宿の主人は、

「これも(しし)追いの準備にちがいない。今夜は楽しみなことだ」

と、わくわくしながら待っておったと。

 ところが金平さは、その戸の中へ入ってぐうぐう寝ちまった。

ようすを見にきた主人も、これにはひょうしぬけして寝ちまった。
 
 そうして、人々も寝しずまって物音ひとつせんようになったま夜中、とつぜん、

「おおー、おおー、おお」という大声と、がんがんというものすごい音が宿中に

ひびきわたった。

「いったい、なにごとだ」と、宿の人々がとび起きた。

主人がかけつけたら、部屋の中では金平さが、顔をまっかにして、大声をあげながら

一斗かんをたたいておる。

 あつまってきた宿の人々もあっけにとられてたちつくしておると、やがて一斗かんを

たたき終えた金平さは、なんとその場で小便をたれた。

小便は一階まで落ちて、ぞうきんやばけつをもって追いかけまわし、宿中てんやわんや

の大さわぎになった。
 
 宿の主人も、これにはあきれて、

「なんちゅうことをしてくれるんな。わしは『遠山の(しし)追い』って頼んだのに、

小便たれるとはどういうことな」 

かんかんになってくってかかった。

そうすると金平さ、

「みんなでしし
(注)を追いかけておっつら。

これが『戸を山のしし追い』っちゅうもんな」そういうと、すまして寝ちまったって。


 

(注)しし…小便のこと
 

 炭焼きの源じい