鬼半丸と鬼伊右衛門


  むかし、八重河内の横村に屋敷という家があって、そこに半丸という大おとこがおった。

このおとこの力の強いことといったら、村の若いしゅうがよってたかってすもうをとって

も、とてもたちうちできるものではなかった。


 まるで鬼のようだということで、鬼半丸とよばれておった。

 またここから一里ほどはなれた梶谷の中屋という家にも、鬼半丸に負けずおとらずの力の

強い伊右衛門という
大おとこがおって、こっちも鬼伊右衛門とよばれておったそうな。

 ある日、鬼半丸が鬼伊右衛門のところへ、なんと、一斗入りの酒だるをひよいと片手にひ

っさげてやってきた。

「やあやあ、鬼伊右衛門よ、ひさしぶりにおまえさんと一杯のみたくなってきたぞ。これ

はほんのてみやげじゃ」と、
持ってきた酒だるをどすんとおいた。 

「そりやあいいな。今日は、ひとつふたりで、心ゆくまでのままいか」

鬼伊右衛門も、上きげんで鬼半丸をむかえいれた。

 それからふたりの鬼同士、まっ昼間から酒盛りをはじめた。

気分よくぐいぐいと飲むうち、一斗入りの酒だるはたちまちからになっちまった。

 ぐるんぐるんとよいがまわり、ますます気分がよくなったふたり、自分がどんなに力もち

かという自慢ばなしがはじまった。

 
まず鬼半丸が

「おれにしてみれば、こんな一斗入りの酒だるひとつぐれえ、子どもの手まりをころがすよ

うなもんさ。かるい、かるい


 負けずと鬼伊右衛門、

「なになに、こんな酒だるひとつぐれえで
いばってもらっちゃあ、はなしにならん。酒だる

のうえに肴も
どっさりかかえて、まんだおつりがくらあ」と、やりかえす。 

すると鬼半丸、

「なんだって、酒の肴がたりねえって」
いうが早いか、そばに積みあげてあった大豆三十俵

下づみの俵へ、ぐいと指をつっこんで、あれよあれよという間に一俵ひきだすと、

「ほうれ酒の肴よ」

と、鬼伊右衛門めがけて、
ばしーっと俵をなげつけた。

  ふいうちをくらった鬼伊右衛門は、 なんとか俵をかかえたが、たまらずどすーん

とうしろへひっくりかえった。

 あまりのもの音に俵の裏にかくれておったねずみが、一匹のこらず家の外へにげだ

したそうな。

 土俵のうえではいちどもひっくりかえったことのない鬼伊右衛門、腰をどすんとす

えて目をぱちくりさせておどろいとった。


 それでもすぐに起きあがって、

「なんてえこった、半丸に負けるとは。ゆだんした、ゆだんした。ああ情けなや」

 そういって、そばにあった木枕を座敷にばしっとたたきつけた。

なんとそのいきおいで、一寸の敷板がばきばきっと音をたてて、こっぱみじんにくだ


けちまった。


 こんどは、床下のねずみどもがおどろいて、一匹のこらずにげだしたと。

鬼伊右衛門をやっつけて、いい気分になっておった鬼半丸、ふいうちをくらって土間に


ごろんと落ちてひたいをいやというほどぶっつけた。

「あいたたた…」

 ひたいにできた、にぎりこぶしほどもあるこぶをさすりながら鬼半丸、

「これはこれは、だれにも負けん大きなこぶだ。なんとまあ、いいみやげができたわい」

と、にっこり笑い、ふんふんと、楽しそうに鼻歌を歌いながら帰っていった。

 われにかえった鬼伊右衛門も、

「今日の勝負は引き分けじゃわい」


と、こちらもにっこり笑いながらみおくっておった。
 
  金平さの猪追い