おんなに化けた狐


 中立(なかだち)の徳さは、お金もあり、おっかあと、五人の子どもにもめぐまれ、

なに不自由なく、なかよく暮らしておったと。

 ある日、和田のほうへでかけた。

ようじにいった家で、お酒をごちそうになり、お土産もたくさんもらって、すっかり

いい気分で家へとむかったが、よっぱらってふらふら歩いておったもんで、木沢のあ

たりで日がとっぷり暮れちまった。

「こりやあ、すっかりおそくなっちまった」 

ぼやきながら、梨元
(なしもと)の橋をわたらっとしたら、橋のむこうに着物をきた、

きれいなおんなの人が立っておるのが見えた。

「いったい、なにをしとるのかなあ」

と、思いながら橋をわたって、おんなのよこを通りすぎると、おんなはだまってしず

しずとあとをついてくる。

あたりはまっくらでも、みょうにおんなのすがたは、くっきりと見えとる。

 徳さは、きゅうにうすきみがわるくなって、酔いもすっかりさめちまった。

そのとき、向こうの中根
(なかね)の坂のあたりに、ぽつんとひとつ、明かりが見えた。

「おお、家の明かりだ。あそこまで行きゃあ、だいじょうぶだ」

 徳さはだんだんきゅうになる坂道を、急いでのぼっていって、やっと家の前にたどり

ついたと思ったら、なにかにつまずいてばったりころんじまった。

「あいたたたた」

ひざをすりむいたらしく、ひりひり痛むひざをさすって、とほうにくれておると、

「どうかなさいましたか」

と、とつぜん声をかけられた。

ふと見あげるとさっきのおんなが、こちらをのぞきこんでおる。

 徳さは、おもわず座ったまんまあとずさりをした。

「おどろかせて、申しわけございません。わたくしはこの家のものでございます。夜道を

ひとりで帰るのが、心細かったものですから、あなたさまのあとをついてまいったのです。

おけがをなさったようですが、よろしければ、家におよりくださいませ」

 やさしいおんなのことばに、徳さはようやく安心して、すすめられるまま、家へよって

いくことにした。

「さあさあ、お二階へどうぞ」

きゅうな階段をあがると、さきほどのおんなのほかにも、十人ほどのおんながおって、

きずぐちの手あてをするやら、かわるがわる肩をもんでくれるやら、そのうちお酒や

おだんごでもてなしてくれた。

「これはこれは、うまいうまい」

徳さは、うちょうてんになって、だされたおだんごやお酒をどんどんたいらげた。

そのうちにだんだんねむくなって、とうとう大いびきでねむっちまった。

 どれくらいねむっとったか、徳さはなんだか寒くなって目がさめた。

おきあがって、あたりを見まわすと、なんと部屋もなく、おんなのすがたさえない。

 よく目をこらすと、二階だと思っておったとこは、山の上の大きな岩で、お酒は

木の葉っぱにもった水で、だんごは馬ふんだった。

「しまった。狐のしわざか」

くやしがったが、あとのまつり。

いただいてきた、たくさんな土産は、あとかたもない。

 岩をおりようにも、足場もなく、

「たすけてくれー、狐に化かされたーっ」

と大声で助けを呼んでおると、やがて阿島
(あじま)や中根の人たちが、ちょうちん

やたいまつをもって来てくれて、ようよう岩からおろしてくれた。

 やっとの思いで家に帰って、この話をきいたおっかあは、

「それでも、けがもなくぶじに帰れたで、よかったもの」

と、いう。

「いや、少しひざにけがをした」

 徳さが、ひざをめくってみると、おどろいたことに、ひざの傷は狐になめまわされ

て、きれいになおっておったと。

 三本足になった狸