三本足になった狸(たぬき)

 

 樋口沢の上流には、家が三軒あった。

いちばん奥の高いところがおひなおばあの家。

その下に向き合って、おけいおばあの家と、いろくおじいとよしのおばあ夫婦の家。

 三軒の四人はなにかというとすぐにあつまって、世間ばなしをしたり、お茶をの

んでは楽しくくらしとった。

 むかしは、もらいぶろというふうしゅうがあって、そのばんはいちばん

上のおひなおばあがふろをたいた。

 おけいおばあも、いろくおじい夫婦もよばれて、もらいぶろにやってきた。

ふろに入ったあと、おひなおばあは、そばだんごをごちそうした。

それをたべながら、いろいろな世間ばなしがでる。

「今年のそばのできはどうだったえ」

いろくおじいが、くちびをきる。

「そばをまいて芽がでてきたら、猿がでてなあ、半分はやられちまった」

「猿か。猪もでたなあ」

「まあず、山のけものたちは、わるさをしてかなわん」

「来年は、山犬さまにちくしょうどもをこらしめてくれるように、お願い

にいかにゃあ」

「それじゃあ、思いきって山住(やまずみ)注さままで行ってみるか」

「そりゃあ、そのほうがごりやくがある」

「それじゃあ、来年は青崩(あおくずれ)を越えて山住さままで行くか」

「お札をもらってきて、山へ立てておいたほうがいいかなあ」

 こんなはなしをして、夜がふけてきたので、みんなそれぞれに帰っていった。

 しばらくして、

「トントントン」

 だれか、おひなおばあの戸をたたく。

「だれだね」

「いろくだが、うちのおばあが、さっきのそばだんごがうまかったで、もうひ

とつ食べてえっていうんだが」

「ああ、まだのこっとるでなかへお入りよ」

「いいよ、遅いで」

 そういうと、戸のすきまから、手だけがにょきっとでた。

おひなおばあが、そばだんごをひとつやると、手はすっと引っこんだ。

 ちょっとたつとまた、

「トントントン」

「だれだね」

「おけいだがよ、さっきのそばだんごをひとつくりょ」

 戸のすきまから、また手だけがでた。

 おひなおばあは、こりゃあちょっとへんだと思って、手をよく見ると、

そばだんごについとった灰ぼがちょっと指の間についとった。

それに、どうもごわごわしとって、人間の手のように見えん。

「ちょっとまってくりょ。すぐもってくるで」
                                 
 おひなおばあは、そおーっと物置小屋まで行って、鎌をもってきた。

「おめえは、狸だなっ」

 いうが早いかこんしんの力で、えいやっと鎌をふりおろした。

手はそぎ落とされ、戸間口にコロンところがり、みるみる毛がいっぱいでてきて、

狸の手に変わった。

「いたいよう、いたいよう」

 どっか遠くで、そんな声がしたようだったが、そのうち、なんにも聞こえんよう

になった。


 その後、樋口沢の奥に、三本足の狸がおって、しようこりもなく、村人にいたず

らをしておったということだ。


山犬さま…山住さまのお札に書かれているオオカミ

山住さま…水窪町(みさくぼちょう)にある山住神社。
     祭神である大山祀命(おおやまずみのみこと)の使いとして、山犬さまが、
     神社の掛軸やお札に描かれ、多くの家々にまつられている

 怪物の牙