椀かしぶち |
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遠山川は水のいきおいがよく、城(じょう)の山にどーんとまっ正面に
ぶっつかると、山すそをひとまわりして、和見(わみ)の地にさしかかる。
そこの岩盤の下は、きゅうに流れがとまって、深いふちになっておる。
深い緑色をした、底無しのようなぶきみな水をたたえたこのふちは、
大和見(おおわみ)ぶちとよばれ、水に落ちた人は、ひとたびのみこまれた
ら、二度とうかびあがってはこれないと伝えられておった。
むかしからこのふちには、竜神さまがすんでおって、嫁とりやとむらい
など人よりのあるときには、たくさんのお膳や、お椀を村人にかしてくれた。
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「竜神さま、竜神さま、明日わしらほうで、息子が嫁をとることになったんだが、
お膳とお椀が二十人分たりません。どうぞおかしください」
ふちの岸の岩の上でかしわでをうち、ていねいに唱えると、今まで静かにぐる
ぐるまわっておった流れがだんだん速くなり、まわる輪がせばまって渦になり、
そのうちに深い緑色の水が渦の中心にむかって、すごいいきおいですいこまれ
ていったかとおもうと、みるまに水面がぐんぐんもりあがり、飛びちる水にま
じってお膳やお椀がぽかりぽかりとうきあがってくる。
そのお膳やお椀は、やがて流れにおし流されて、岩かどのところでぴたりと
とまる。
数えてみるとたのんだとおり、ちゃんと二十人分ある。
「竜神さまありがとうございます。これでぶじに息子の嫁とりができます」
たのんだものは、ふちにむかって深々と頭をさげて、お膳やお椀をかりてきた。
竜神さまからかりたものは、ていねいにあつかい、用が終わるとさっそく、
一つひとつ流れに返していく。
かりたときとは逆に流れが動いて、渦にすいこまれていく。
ある年のこと、嫁とりでお膳やお椀をかりた男が、そまつにあつかって
お椀を落として縁(ふち)をすこし欠いちまった。それでもかりた男は、
「このぐらいなら、わかりゃしめえ」
とたかをくくって、そのまんまなにくわぬ顔で返したんだと。
かけたお椀はゆっくり流れて、渦にすいこまれていった。
しばらくすると、渦がもりあがってぐるぐると輪をえがきだした。
男はなにごとが起こるかと、きもを冷やして見ておったが、変わったことは
なにも起こらず、お椀は流れにすいこまれていった。
だが、それからというもの、村人がいくら竜神さまに頼んでも、お膳やお
椀は浮かんではこなんだということだ。
霜月祭と遠山さま