『夕焼けの君』
2 「あ、おはよ田辺」 「お‥はよ」 朝から森島に会ってしまった‥。 昨日の今日で、なんかこそばい。 C組の森島は、B組の前を友達と通り過ぎていく。 「森島、田辺と仲いいん?」 森島と同じバスケ部で同じクラスの‥‥‥名前忘れた。 そいつの問いかけに「んー」と適当に返す後ろ姿。 相変わらずかっこいい。 背が特別高いわけじゃないけど、肩幅と肩甲骨と、腰の細さのバランス。 斜めかけの部活指定のバッグをおさえる、大きな手。 ちょっと長めの、毛先をツンツンにセットしてある黒髪。 横顔。声。 って、見過ぎだ。俺のバカ。 逃げ込むように教室に入り、窓際の自分の席につく。 ざわざわと賑わう教室を眺める。 森島は、隣のクラスの一番前の席。 見えもしないくせに、きっと今頃大勢の友達に囲まれてるんだろうな、なんて想像してしまう。 「田辺はよーす」 木村が近づいてきた。こいつもバスケ部。バスケ部なのに坊主頭で、ラグビー部並みにガタイがいい。身長が180近くあるから、いつも見上げる。 で、クラスで唯一、俺がまともに会話する奴。 「おはよ」 「田辺、数学のプリントやった?」 「やったよ。合ってるかはわかんないけど」 「んじゃ後で合わせよーぜ」 頷いたところでチャイムが鳴って、先生が入って来た。 今日も天気がいい。 風も緩くて気持ちいい。 カメラ持って、外に行きたいなー‥。 あ。 今日午後番で部活に行けないんだった。先輩の所に言いに行かないと。 一時間目は移動教室。教科書とノートをまとめて持ち、今のうちに行こうかなと廊下に出る。 三年生の教室は二階だ。階段を降りると廊下にいくつものグループがたむろしていて、ちょっと気がひける。 B組の教室の前に行くと、丁度坂井先輩が出てきた。 「あれ田辺、どした」 「おはようございます。あの俺、今週午後番なんで部活休みます」 「ああ、りょーかい。頑張れよ〜」 「はい。それじゃ」 そそくさとその場を離れ、化学室に向かう。 窓の外は深い青空。 部活、やりたかったな‥。 自分専用のカメラがあればな。でも高いし。 部室にあるのは、古いフィルムの一眼レフが2台と、三脚が1台だけ。 でも写真部のほとんどは幽霊部員で、まともに活動してるのは俺と部長の坂井先輩だけだから、特に困らないんだけど。 とはいえ、普段持ち歩いて壊したら大変だから、部活の時間以外は大抵部室に置いたままだ。 勿体ないけど仕方ない。 今日の当番、何やらされるんかな‥‥。 朝からもう憂鬱になってしまった。 ●← 2 →● TOP |