『小宮と滝沢』








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夏休みは、週6でバイト。


家に居たくないのもあるし、
早くお金を貯めたいのもあるし、
盆前で配送業が忙しいからってのもある。


「木野さん、こっち終わりました」


受付担当の木野さんは、バリバリ仕事が出来るおばさん。


「じゃあ次、東エリアお願い」


山のように積み上がった荷物。
整理しきれてない伝票。
溜め息をつく暇もない忙しさ。


これが働くってことか‥。




「滝ちゃん、毎日バイトでちゃんと遊んでる?」

休憩時間に小さい椅子に座ってお茶を飲んでたら、課長の森さんに声をかけられた。


「遊んでたらお金は貯まりませんよ」

「ダメだぞ〜、学生のうちは遊んでおかなきゃ。まあ今休まれたら困るけどなっ」

「ハハハ‥」


結局遊べないじゃん‥。


10分ほどで課長は「滝ちゃんはもうちょい休みなよ」と言って仕事に戻って行った。


湯呑みに、一口分だけ残ったお茶と、お茶うけの醤油煎餅。

疲れて痺れる足と、汗が伝う背中。




なんでか、今唐突に

「ああ、今生きてるんだな」と 気づいた。








夕方5時。今日はもう帰っていいよと言われ、まだ作業中の皆の邪魔にならないように荷物をまとめ、 休憩室の片付けをして外へ出た。


むわと熱気が一気にまとわりつき、疲労を倍増する。


バイトを始めて4ヶ月。だいぶ慣れてきたけど、ここまでハードなことは滅多にないから辛い。

自分はバイトだからいつかは辞めるけど、ここにいる人達はずっと、ここに居るんだな‥。



途方もない世界が恐くなって、家とは逆方向の電車に乗る。
3輌目の一番後ろに乗って、流れていく線路を見つめる。

頭の中を透明にして、
何も考えないように、
何も見ないように、
線路を見つめる。


恐い世界から逃げたって、どうせ向かわなきゃならない。


けど、逃げることだって必要なはずだ。



逃げたって、いいはずだ。








電車を降りて線路を渡り、坂道を登る。
日がまだ照りつける夕焼けに、汗が滲む。

校庭には、片付けをしてる野球部員。
幾つか窓が開いた校舎。

花壇には、赤く色づき始めたミニトマト。 その脇には、カラカラに乾いた雑草。


「‥‥‥‥」


休みの間どこか行くの?
そう訊いたら、「さあ」としか返ってこなかった。




熱気の籠った廊下。

1年C組の教室には、不揃いな並びの机と、風に浮かぶカーテン、俯せに眠る背中。

呼吸の音、丸めた肩、流れる髪。


前の席に座ると、音を極力たてなかったのに起きた。


「小宮、毎日来てるの」

「‥‥ああ」

「草取りありがと」

「‥‥ああ」

寝惚けた目で窓の外を見る。

「水やりして帰る」

「今やってきたよ」

「そっか‥‥」

「‥‥」


暑い室内、浮遊感、存在感。


そして安心感。




そうか。

ここに来ればいい。




そうすれば、 1人じゃない。







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