『小宮と滝沢』








14



蝉がじわじわ鳴く中、三者面談が始まった。

2日目の最終。
担任と母親と3人で、当たり障りのない会話だけして終わった。

「授業も真面目に受けてるし、仲の良い友達もいるようだし、資格取得にも力を入れてるみたいですね」

先生は他に言うことが無くなり、何度もノートをペラペラめくっていた。


始終にこにこしていた母は、教室を出て昇降口まで送る間

「あんたはほんと悪く言われないから早く済むわ」

と、こぼした。



どんな顔をしていたのかは、見ていない。

だって、

一度もこっちをまともに見ない。



――勿論、こっちからも見ない。 それだけだ。








教室に戻ると、先生はもう居なくなってがらんとしていた。

面談中はやっている部活も少なく、暑い中残る生徒も居ない。

小宮、まだ本屋にいるかな‥。
メールを打って返信を待つ。


ため息を1つついて椅子の背もたれに深く寄りかかると、前側のドアがガラッと開いた。

「ぁ」

同じクラスの菊地君。
顔だけ覗かせて、キョロキョロしてる。

ああ、

「面談なら終わったよ」

「‥ああ、良かった。えらい早く終わったんだな」

「うん。始まるの早かったし」


自分の机に行きガタガタと何か探る。
陸上部用の大きなバッグが邪魔そうだ。

「小宮と滝沢って、めっちゃ仲良いよな」

クシャクシャのプリントを発掘し、開きながら言う。

「え」

「夏休みもしょっちゅう来てただろ」

「うん」

「2人の間に入ってくんな!て感じだよな。俺等のグループとは違って」

「普通じゃない?」

「だって小宮って、滝沢以外の奴と全然喋んないぜ」

「ぇ」

丸い目で見返すと、菊地君は鞄を探っていた手を止めた。

「気づかんかった?」

「うん」

「だから滝沢も、あんま他の奴と話さねーよな。まあ小宮と違って話しかければ答えてくれるけど」

「小宮も答えるくらいするでしょ」

「いや〜?目だけ向けて無言で去るなんてしょっちゅうだぜ?しかもこえーし」

「へぇ‥‥」


知らなかった。
当番とか、委員会とか、勿論クラスの人とも普通にしてると思ってたけど。


「だから女子にも、あんま良く思われてないんだよな。呼び出しされてもおかしくないぜ?」

「え?あーゆーのって先輩が後輩にやるんじゃないの?」

「色々だよ」

「ふーん‥‥」

「ふーんてお前‥‥色々ってことは、これもそうだと思わないわけ?」

「は?」


ファイルにプリントを入れる手を止め、今度は菊地君が目を丸くする。



「‥‥鈍いなあ」


そういや、小宮にも天然とか言われた。いや、というか、

「いや、でもあーゆーのって、されてる側が嫌だと思ったらダメってことでしょ?」

「‥‥は?」

「どっちかって言うと、菊地君はアドバイスしてくれてるとしか思えないし」

「は」

「ありがとう。小宮にもそれとなく言っとくよ」


菊地君はガックリとうなだれ、大きく溜め息をついた。


「‥‥お前、変なの」


まー気をつけろよ、と手をひらひらさせて帰っていった。





夕暮れとはいえ、まだ暑い。


なんだろう、この感覚。


母さんは、いつも姉と比較する。
クラスメイトも、自分達と比較する。
「それ」から外れていたら、なにがいけないんだろう。


どうして許せないんだろう。


流れてる時間や、大切なものなんて、おんなじなわけないのに。

なのに、背中からじわじわと寄せる圧迫感が、夏の湿気を吸い込みまとわりつく。





ああ、なるほど。


自分は間違ってないって、

ただ、 そう思いたいんだ。




メール着信音が鳴り響いて、小宮が来るまで、

どうしようもなくなって、オレンジ色の雲の破片を数えていた。








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