『小宮と滝沢』








16



秋になり、一気に寒くなった。


「屋上で昼も、そろそろ難しいかなぁ」


高く細く上部が内側にL字型に曲がった柵から、風が吹き抜け背中にあたる。

小宮はしれっとした顔で、20円引きのシールが貼ってある鮭おにぎりを食べてる。


「そしたら、ここの入り口で食べりゃいいでしょ」
「教室でって選択肢は無いんだ」
「無い。うるさいから」


小宮は授業中以外、あまり教室に居たがらない。

10分間の休憩も、人気の少ない廊下に行くか、教室の窓際から動かない。
その時は、窓を背にして教室を見渡すように睨んでいる。


「にしてもさ、ほんとこの屋上、全然人が来ないね」
「滝沢知らんのか」
「なに?」
「ここ、前に自殺した人が居るんだってさ」
「ぇ」
「教室で話してるの聞いただけだけど」

「‥それ、いつ」
「さー、もう何十年も前らしいけど」
「はぁ‥‥。それで柵がこんなに高くて間隔が空いてないのか」
「これじゃ顔も出せないよな」
「痛かっただろうなぁ」
「滝沢は」


小宮は食べるのを止め、おにぎりを持ち直す。


「しようとしたことある」


まだ鮭が出てきてない。

背中に柵が当たる。




「あるよ」



あれはいつだったかな。



「そっか」


小宮も


「あるの」

「ある」



おにぎりを一口。まだ出ない。



「そっか」


自分も手が止まっていたのに気づいて、卵焼きを食べる。


「痛かったろうなぁ」
「痛いことしたん」
「いや、そこまでいかなかった」
「ふぅん」


小宮のおにぎりは、まだ鮭が出てこない。


死にたいと、思ったことは何度もある。

やったのは、1度だけ。

小宮は、

何度もあるのかな‥。




鮭の塊がごろん‥。

おにぎりは、あと少ししかない。

「‥‥ぶっ」
「今更出るのかよっ」
「はははっ 痛い、おなかいたいっ」
「あと一口が全部鮭って」
「良かったじゃん、ちゃんと入ってて」

笑いすぎて涙出てきた。
こんなおにぎり始めて見た。


小宮はやっと出た鮭をちまちま食べてる。
笑いすぎたお腹の力がようやく抜けてくる。


「‥‥そういうものかもよ」
「なにが」
「そのおにぎりみたいに、生きてれば後で良いことあるかも」


ぐにぐに食べてた口を止め、鮭を見つめる。

と思ったら、一口で放り込んで食べてしまった。


「鮭と同じじゃ、死ぬ間際じゃんか」


お茶をぐびぐび飲んで、少しヤケになってる。


「確かに‥‥。でも、何も出ないうちに死んじゃうのは、勿体無いよ」
「それは、必ず出るの前提でしょ」
「でも、出ると思うから止めたんでしょ?」

「‥‥いや」


お握りの包みを小さくたたむ。


「まだ、何もやってなかったから」


風でビニール袋がガサガサ鳴る。


「滝沢は」

「‥‥」


止めた理由。


「‥なんだろ、死んだら、負ける気がして」



まだ、何も仕返しできてなくて、悔しかった。

姉に、何の謝罪ももらっていなかった。


「‥‥ふぅん」


なんて汚い理由だろう。
なんて醜い存在だろう。


「じゃあ、生きてて良かったと思うためにも、りんご屋でパン買ってくか。帰りに」


にや、と、目が笑ってる。

「‥‥‥うん」



でも今は、それでも生きてて良かったのかもって、そう思える。

少しだけ。








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