『小宮と滝沢』








17



りんご屋でドーナッツと、晩御飯用のコロッケパンを買う。

滝沢はアップルパイ。


駅への道を、少し遠回りしながら食べる。



「美味しいな〜。どうやったらこんな風に出来るんだろ」
「滝沢お菓子も作るの」
「たまにね。リンゴは近所でくれるし」

長い階段を下りながら、ドーナツを平らげる。

「ドーナツも食べたかったなー」
「一番人気だから仕方ない」
「小宮が半分こしてくれれば良かったのに」
「アップルパイ苦手」
「ちぇ」

食べ終えた包み紙を袋にまとめ、残りの階段を降りる。

冬は夜が早い。
もう影は伸びきり、風が身体を突き刺す。

「明日凍るかな」
「かもね」
「自転車辛くなるなー」
「どんくらいかかるの」
「行きは5分かな。帰りは自転車押しながら昇るから10分。歩きなら20分かかる」
「ふーん」
「小宮は?」
「20分くらい。坂は駅前だけだけど」
「小宮の足で20分てことは普通30分か」
「滝沢が遅いだけだよ」
「そうかな」


振り返ると、5歩くらい後ろを歩いてる。

向かい風に髪を揺らしながら、西に沈む夕日を見てる。


「滝沢、横向くから」
「え」
「気づくと、横向いて歩いてる」
「え、あ、‥‥」


足を止めていると、のろのろ近づいてくる。
長い影が、フェンスにぶつかって歪んでる。


「‥‥そうかも」
「かもじゃなくてそうだよ」


むすっとした顔で追い越してく。


「じゃあ小宮はどこ見ながら歩いてんの」


息を1度吐いて歩き出す。


「今なら、あの交差点」
「え」
「どんな車が左折してくるか、あそこの体育館から誰か出てくるかとか」
「そんないちいち見てるの」
「ただの癖だよ」


母親がいつ現れてもいいようにしてたら、

いつでも逃げられるように隠れる場所を探してたら、

いつの間にか


「ふーん。ちょっとやってみよ」


しばらく並んで歩いてたけど、滝沢はその間無言で、
歩き方がなんだかぎこちなくて、
交差点で信号を見てたと思ってたら、

「ぶっ」
「あっ」
「また横見てる」
「あ〜、だめだ。つい見ちゃう」


口を尖らせながら鞄を肩にかけ直し、足元の小石をひとつ蹴る。滝沢は、たまにいちいち子供っぽい事をする。


「なんでだろ。いつからかな」
「家の横に豪邸でもあるんか」
「無いよ。農家のじーちゃんばーちゃん家ばっか」
「畑のリンゴを盗ろうと横ばっか見てたとか」
「しないから」


信号が代わって、滝沢は少し大股で歩く。


「‥‥見てて気になる?」
「は?」
「この癖。周りから見てて、不快かってこと」
「別に。貧乏揺すりとかなら嫌だけど」
「ああ、あれは見てて辛い」


線路を渡ってそのまま角を曲がり、薬屋を過ぎて駅に着く。


「思い出せないなあ。夕日が綺麗だからつい見ちゃうのかな」
「夕日じゃなくても見てる」
「‥‥あぁぁ〜」


待合室には10分後の上り電車待ち。ホームには2分後の下り電車待ち。

ホームの端まで行き、風に指を冷やされる。


カンカンカンと踏切が締まるのを横目に見ながら、理由を想像する。


直視したくないから逃げる為に警戒する自分。
同じように、何かから、横を見て紛らわしてるのだとしたら。


最初に滝沢に声をかけたのは、これだったのかもしれない。



電車の轟音に思考が止まり、
踏み出すしかないそこへと 足を乗せた。








← 17 →


TOP