『小宮と滝沢』 23 「ねぇ、ちょっと」 移動教室で渡り廊下を1人で歩いてると、後ろから強いソプラノの声。 「なに」 昨日スルーした川西。 さあ怒るぞというように眉を寄せて、こっちを睨んでいる。 何事も無かったようにすればいいのに。こいつも、滝沢も。 「こっち来て」 移動先の化学室とは逆の廊下をスッタスッタと行く。 面倒だなあ。 でも行かないと更に面倒になるか。 ついていくと、埃がうっすら積もる空き教室に入った。 「昨日はありがとう」 「は?」 ちょっと待て礼を言われた。 逆じゃね? 「何にもしてないけど。てか、何にもしなかったから怒ってんじゃないの」 「だって、呼んできてくれたんでしょ」 滝沢を。 ‥‥いや 「呼んでないよ。『囲まれてた』って言ったら滝沢が勝手に行っただけ」 「でも結果的には助かったから」 はあ‥‥。以外と 「以外と律儀なんだ」 「はあ?」 「もうやられたく無かったら早いとこスカート戻したら」 「呼び出されたのスカートじゃなくて髪だし。スカートなんて皆短いじゃん」 「みんなじゃないけど」 そういえば、なんか髪黒くなってる気がする。前をあんま覚えてないけど。今もどっちかってーと焦げ茶だけど。 「まあ、その色なら大丈夫なんじゃない。用件終わり?」 あと3分で授業始まる。 こいつと並んで教室に入るのもなんか嫌だ。 「あのさ」 扉に手をかけた所で話し出す。 「あんたなら、どうする?」 「は」 「囲まれた時」 「そもそも囲まれる事しなきゃいい」 「そーだけど、色々あんじゃん。八つ当たりとか」 はー‥。 「囲みこまれる前にすり抜けて逃げる。無理なら吐く」 「‥‥‥‥は?」 「以外とこれ、効果あるよ」 「やだよ汚いじゃん。てか吐こうとしても吐けないし」 「練習でもすれば」 はああ?という顔を見やり、じゃあと言って先に行く。 化学室では、4人掛けの席だから滝沢は前の列。 後ろから見る限り、何も変わったところはない。 ただ、お互い何て声をかけたらいいのか解らない。 中学の時は、このまま自然消滅してた。 深入りされるのが嫌で、するのも億劫で、 でも今は、まだ どうしたらいいのかを考えてる。 昼に屋上に行くと、東側の貯水槽の陰に居た。 「ん」 持ってきた毛布を投げる。 「‥‥どこから持ってきたの」 「合宿所からぱちってきた」 「怒られるよ」 「すぐ返せばバレないよ」 自分も青色の毛布にくるまり、横に座る。 「ごめん」 冷たい風に左頬を叩かれながら、結局これしかなかった。 「って謝る必要があるのか、よくわからない」 滝沢は、オレンジ色の毛布を手繰り寄せて背中にかけた。 「謝るのはこっちだよ。ごめん。‥‥見解の相違ってあるもんな」 「ほんとだよ。まさか川西がお礼言ってくるとは思わなかった」 「川西さんが?」 ふーんと黙る手元を見ながら、紙パックの苺ミルクとサンドイッチを出す。 「小宮は、囲まれたことあるの」 「何度か」 「あるのっ」 「自分で聞いといて‥」 「ほんとにあるとは思わなかった」 いや、あるでしょ。 この性格で 他人を避けてれば、自然に。 「‥滝沢は、あんの」 「忠告なら去年」 「は」 「菊地君に言われたよ。気を付けた方がいいよって。結局何もなかったけど」 「なにそれ」 「言っとくけど、"特に小宮に"っていう意味だったよ」 「その程度なら別になんともならない」 「なにかあってからじゃ遅いよ」 「なんにもならないよ」 逃げきる自信ならある。 母さんに比べたら。 逃げるところなんて、どこでもある。 「もし、なんかあったら言いなよ。小宮、ひとりでなんとかしそうだもん」 「滝沢に助けを求めることは無いな」 「もしだってば」 「はいはい」 「もー…」 「あ、弁当は分けて」 ひょい、とアスパラのベーコン巻きを奪う。 「あ!ちょ、そういうのは助けない!」 「もう遅い」 ‥‥自分が、中学の時とは違う自覚はあった。 ただこのとき、この時は 自分がこの先も同じように、逃げ切れると思っていたんだ。 ●← 23 →● TOP |