『小宮と滝沢』








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「ねぇ、ちょっと」


移動教室で渡り廊下を1人で歩いてると、後ろから強いソプラノの声。

「なに」

昨日スルーした川西。

さあ怒るぞというように眉を寄せて、こっちを睨んでいる。

何事も無かったようにすればいいのに。こいつも、滝沢も。


「こっち来て」

移動先の化学室とは逆の廊下をスッタスッタと行く。


面倒だなあ。
でも行かないと更に面倒になるか。

ついていくと、埃がうっすら積もる空き教室に入った。


「昨日はありがとう」
「は?」

ちょっと待て礼を言われた。
逆じゃね?

「何にもしてないけど。てか、何にもしなかったから怒ってんじゃないの」
「だって、呼んできてくれたんでしょ」


滝沢を。

‥‥いや


「呼んでないよ。『囲まれてた』って言ったら滝沢が勝手に行っただけ」
「でも結果的には助かったから」

はあ‥‥。以外と

「以外と律儀なんだ」
「はあ?」
「もうやられたく無かったら早いとこスカート戻したら」
「呼び出されたのスカートじゃなくて髪だし。スカートなんて皆短いじゃん」
「みんなじゃないけど」

そういえば、なんか髪黒くなってる気がする。前をあんま覚えてないけど。今もどっちかってーと焦げ茶だけど。

「まあ、その色なら大丈夫なんじゃない。用件終わり?」

あと3分で授業始まる。
こいつと並んで教室に入るのもなんか嫌だ。

「あのさ」

扉に手をかけた所で話し出す。

「あんたなら、どうする?」
「は」
「囲まれた時」
「そもそも囲まれる事しなきゃいい」
「そーだけど、色々あんじゃん。八つ当たりとか」

はー‥。

「囲みこまれる前にすり抜けて逃げる。無理なら吐く」
「‥‥‥‥は?」
「以外とこれ、効果あるよ」
「やだよ汚いじゃん。てか吐こうとしても吐けないし」
「練習でもすれば」

はああ?という顔を見やり、じゃあと言って先に行く。


化学室では、4人掛けの席だから滝沢は前の列。
後ろから見る限り、何も変わったところはない。

ただ、お互い何て声をかけたらいいのか解らない。


中学の時は、このまま自然消滅してた。

深入りされるのが嫌で、するのも億劫で、


でも今は、まだ
どうしたらいいのかを考えてる。








昼に屋上に行くと、東側の貯水槽の陰に居た。

「ん」

持ってきた毛布を投げる。

「‥‥どこから持ってきたの」
「合宿所からぱちってきた」
「怒られるよ」
「すぐ返せばバレないよ」

自分も青色の毛布にくるまり、横に座る。


「ごめん」

冷たい風に左頬を叩かれながら、結局これしかなかった。

「って謝る必要があるのか、よくわからない」

滝沢は、オレンジ色の毛布を手繰り寄せて背中にかけた。

「謝るのはこっちだよ。ごめん。‥‥見解の相違ってあるもんな」
「ほんとだよ。まさか川西がお礼言ってくるとは思わなかった」
「川西さんが?」

ふーんと黙る手元を見ながら、紙パックの苺ミルクとサンドイッチを出す。

「小宮は、囲まれたことあるの」
「何度か」
「あるのっ」
「自分で聞いといて‥」
「ほんとにあるとは思わなかった」

いや、あるでしょ。
この性格で
他人を避けてれば、自然に。

「‥滝沢は、あんの」
「忠告なら去年」
「は」
「菊地君に言われたよ。気を付けた方がいいよって。結局何もなかったけど」
「なにそれ」
「言っとくけど、"特に小宮に"っていう意味だったよ」
「その程度なら別になんともならない」
「なにかあってからじゃ遅いよ」
「なんにもならないよ」

逃げきる自信ならある。

母さんに比べたら。

逃げるところなんて、どこでもある。


「もし、なんかあったら言いなよ。小宮、ひとりでなんとかしそうだもん」
「滝沢に助けを求めることは無いな」
「もしだってば」
「はいはい」
「もー…」
「あ、弁当は分けて」

ひょい、とアスパラのベーコン巻きを奪う。

「あ!ちょ、そういうのは助けない!」
「もう遅い」



‥‥自分が、中学の時とは違う自覚はあった。


ただこのとき、この時は


自分がこの先も同じように、逃げ切れると思っていたんだ。








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