『小宮と滝沢』










「バイト?小さな運送会社で仕分け作業だよ。もう1人雇ってもらえるか訊いてみようか」

「いや、いい」


頭の中で、さっきの会話を繰り返す。


自分はどうしたいのか。

どうするべきなのか。
どうにもできないのか。


1人電車に揺られ、延々と巡らせる。


薄暗い家に入り、台所を見つめる。

壁際の冷蔵庫。
ステンレスの流し。
綺麗に拭かれたコンロ。
木目の揃ったフローリング。


無理だ。


頭の中にその一言が浮かび、トイレに駆け込む。

湧き上がる不快感に、胸をドンと殴る。
意識を反らせたくて何度も殴る。


それでも、
ここから出ていくにはそれしかないのかもしれない。

浅はかな意志だとしても。


便座の前にへたりこむ。

うるさい換気の音が、狭い室内を支配していた。








翌朝、食卓のテーブルの上には昨夜書いたメモと、封筒が置いてあった。



『土日にバイトすることにしました』

そのすぐ下に丁寧な字で

『許可しません』


無地の茶封筒の中には、一万円が入っていた。


背中がごわごわする。
指の間を、薄っぺらい金がすり抜けて落ちる。










きっと冷蔵庫には朝食が入っているんだろう。

自分が食べなかったそれを、毎朝遅く起きた母親が食べているんだろう。


毎日毎日、そうやって。

きっと冷蔵庫の中には、1人分しか入ってないんだろう。






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