『小宮と滝沢』 5 「バイト?小さな運送会社で仕分け作業だよ。もう1人雇ってもらえるか訊いてみようか」 「いや、いい」 頭の中で、さっきの会話を繰り返す。 自分はどうしたいのか。 どうするべきなのか。 どうにもできないのか。 1人電車に揺られ、延々と巡らせる。 薄暗い家に入り、台所を見つめる。 壁際の冷蔵庫。 ステンレスの流し。 綺麗に拭かれたコンロ。 木目の揃ったフローリング。 無理だ。 頭の中にその一言が浮かび、トイレに駆け込む。 湧き上がる不快感に、胸をドンと殴る。 意識を反らせたくて何度も殴る。 それでも、 ここから出ていくにはそれしかないのかもしれない。 浅はかな意志だとしても。 便座の前にへたりこむ。 うるさい換気の音が、狭い室内を支配していた。 翌朝、食卓のテーブルの上には昨夜書いたメモと、封筒が置いてあった。 『土日にバイトすることにしました』 そのすぐ下に丁寧な字で 『許可しません』 無地の茶封筒の中には、一万円が入っていた。 背中がごわごわする。 指の間を、薄っぺらい金がすり抜けて落ちる。 きっと冷蔵庫には朝食が入っているんだろう。 自分が食べなかったそれを、毎朝遅く起きた母親が食べているんだろう。 毎日毎日、そうやって。 きっと冷蔵庫の中には、1人分しか入ってないんだろう。 ●← 5 →● TOP |