『小宮と滝沢』










「お待たせ」


昇降口で待っていると、滝沢が小走りで来た。


「柳原先生がなかなかつかまらなくて」


園芸部の顧問は国語の先生で、他の部活と兼任してる。らしい。


「校舎裏に花壇なんてあったっけ」
「覚えてないな」


弓道部員が道場に行く時くらいしか通らない、人通りの少ない場所に園芸部用の花壇がある。らしい。


「今は雑草に埋もれてるから気づかないかもって」

「ちゃんと活動してないの」

「幽霊ばっかみたい」

「ふぅん」


高校の部活って、もっと真面目にやってるもんだと思ってた。


「手入れするなら何植えてもいいって。苺でもトマトでも」
「えっ」
「メロンやスイカはさすがに無理だろうけど」
「メロンはいらない」
「小宮、急にやる気出てきたね」
「世話は任せた」
「え」
「毎日の水やり、忘れない気がしない」
「じゃあ草むしりはしてよ」
「覚えてたら」
「‥‥」



校舎裏に着くと、鬱蒼と柵が見えない程伸びた雑草の海。


「あったな」
「あったね」


職員玄関の脇にある用具箱から、とりあえず軍手を借りる。

「そういえば、小宮も園芸部でいいの?」
「‥‥」

どうするかな。

「他に無ければ」


とりあえず、花壇一つ分の草むしり。


根が張ってて途中で切れる。
綺麗に抜けないともやもやする。


今の、自分みたいだ。


ぶちぶちと、手のひらでむしっていく。

雑草は邪魔者。
迷惑。
なのにすぐ根を生やす。
そして呆気なく抜かれて。

意味もない。
役にも立たない。
存在する意味などどこにもない。


単調な作業の中で、思考が黒くなっていく。


昨日の電車の揺れ
帰り道の街灯
暗い家
暗い場所
今朝の手紙
逆らえない文字
いきばの無い汚れた靴


一つ草を掴む度に映像を噛み締める。

映画のシーンみたいに流れていく。

そうしながら、でも、解決策なんて無い。



目の前の草をあらかた取り、痛んできた首を上げる。

花壇の反対側には、口を引き結んだ、真剣な黒髪。


足も痛いから立ち上がる。草で遮られたその肩が見える。


「ぶっ」

その手元、1センチも無いような小さな草を摘まむ指。

「どうしたの」
「滝沢、そんなちっさいのも取ってんの」
「‥ああ、無意識だった。でもまあ、すぐ大きくなっちゃうし」

そりゃそうだけど。


一面土だけになった、綺麗なその場所。

ごちゃごちゃと、取り敢えずを抜いた足元。


どこが違うのかな。
だからなのかな。

それでも、きっと駄目だろうな。


座り直して、次の草を握る。


「草むしりしてるとさ、なんか頭の中を支配されるよね」

前から投げられたそれにはっとする。

「どうでもいい事やどうしようもない事、ぐるぐるぐるぐる考えちゃう」

「‥‥ああ」

「考えても、解決しないけど」


‥‥どうして


「あ、チャイムだ。小宮どうする?6時の電車に乗る?」

「‥‥ああ」

「じゃあ、取った草はこっちに積み上げとこう。乾燥させて、堆肥や日焼けよけに使えるから」


‥‥どうして


「食べられる草もあるらしいけど、料理の仕方がわかんないんだよな〜」

‥‥どうして、


「明日、部活届け出しに行こう」


決して解決なんてしてないのに。



「うん」



軍手を取る、追っていたその指の爪の先が、少し汚れて、少しだけ延びていた。






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