『小宮と滝沢』 8 小宮より3つ手前の駅で降り、自転車で10分。 祖母が生前植えた木に囲まれた一軒家に着くと、まず車をチェックする。 この癖、いつからあるんだっけか‥。 小学生の時は玄関のランドセル置き場だった。 中学では自転車。 今はその駐車場に黒の軽自動車があるか無いかに変わった。 今日は、まだ帰ってない。 玄関に入り部屋に直行する。 昔は相部屋だったけど、祖母が亡くなってからはそこが自分の部屋。 制服を着替えて窓を網戸に替える。 草むしりしたからか、膝と爪先が痛い。 畳んである布団に倒れるように横になると、うとうとと微睡に落ちた。 ――話し声に飛び起きると、居間の方から物音がする。 ‥‥帰ってきた。 「何分に出るのー?」 と叫んでるのが母さん。 「無い無い無い〜」 ガサガサと探し物をして騒いでいるのが姉。 時計を見ると、7時10分。 10分しか寝てなかったのか‥‥。 目覚めが悪かったせいか、ひどく頭が重い。 水を飲みに行こうとしたら、母さんが車の鍵を取りに来ていた。 「あれ、あんた帰ってたの」 「どっか行くの」 「お姉ちゃんが学校の友達とご飯なんだって。そのまま泊まるって言うから送ってくわ」 「‥‥」 「晩御飯、何か作っといてよ。遅くなるから」 「‥‥ん」 「あったあった!」と叫びながら姉さんが階段を降りてくる。 目の前を慌ただしく過ぎ去り、玄関の靴をぐちゃぐちゃに蹴飛ばして行ってしまった。 流し台に移動してコップに水を注ぎ一気に飲む。 安心している自分が居る。 けれど、それが許せない。 それでも、あんな風にはなりたくない。 思考を停止させたくて、冷蔵庫から豚肉を出して炒める。 フライパンでジュウジュウ音を立てている間に玉葱を切り、放り込む。 ペーストの中華スープの素を入れ、胡椒を振る。 冷蔵庫から漬物を出して、今のうちに全部かきこむ。 この感情を消したい。 支配されたくない。 このままでいいんだと認めて欲しい。 でも変わりたい。 抜け出したい。 自分の心の中を真っ黒にするそれが、じわりと身体を包む。 どうしたら、こんなことに縛られなくなるんだろう。 どうしようもなく、 どうやっても、 どうしても、 姉のことが、駄目なこと。 ●← 8 →● TOP |