その二 兜の鑑賞
のっけから画像です。文章ばかりにならないようにとの用心です。
さて、五月になると日本中で五月人形が飾られますが、そもそも節句・節分・節会、と言った行事は五月の節句に限らず厄払いの行事で、内容は季節の変わり目に体を壊さないように、季節ごとの薬草を用いた風呂・酒・菓子等を振舞うというもので、健康の為の知恵からでたものだそうです。
五月の、いわゆる端午の節句に武具を飾るようになったのは、五月の薬草が「菖蒲」で、「尚武」とよみが「しょうぶ」で一緒だった為に、武家が天下を取った、いいくにつくろうの「鎌倉幕府」の頃から盛んになり、段々と武具が飾られたり幟(のぼり)が立てられるようになりったりして、江戸時代までには庶民の間にも広がったからだそうです。
五月人形で目にする鎧兜でありますが、そもそも正規の鎧兜は「大鎧・式正鎧」に「星兜」と言うものです。それらは奈良時代も半ば過ぎて、朝廷の支配がだいぶ確立し、国境に「防人」とかを置かなくなった頃から確立したものです。つまりその頃から源氏とか平家とかの「武士」が発生したのです。
武士は、馬に乗ってすれ違いざまに矢を射掛けあう戦闘スタイルで戦い。戦闘を神聖な行為として捉えてたようです。それでわざわざ正々堂々緒互いに名乗りなんか挙げたんですね。大鎧(おおよろい)と星兜(ほしかぶと)のデザインは、武士の戦闘スタイル、趣味、理念にのっとってデザインされていて、その特徴を挙げると、「動力が馬で、武器が飛び道具主体」なのでロボットっぽいです。鎧はアーマーとして体を覆っているタイプです。画像を見てください。

これが正しい鎧です。
裏からみるとこんな感じ

どうですか「俺の知ってるのと違う」と言う方も多いでしょう。しかししっかりと調べてしっかりと勉強すると、これ以上に完成されて洗練された鎧は無いと判るはずです。定まったルールのなかで、とことんまでつきつめて、しかも丁寧に祈りを込めて作られてますから。まさに純日本的造形美です。
じゃあ、世に多くあるのは一帯どうゆう鎧かといいますと、まず「当世具足」があります。戦国時代。集団戦法が一般化し、決定力が「槍と鉄砲」になった頃に出回った、目立つ事(恩賞たくさんせしめるにはなにより目立って活躍をアピールしなきゃいけない活躍しても目立ってなけりゃ無駄な努力になる)を目的に、戦場に赴ける程度には防御力がある鎧が、需要も多かった事も手伝って乱発的につくられたのですが、これが当世具足です。戦争は、大体やるまでの間の駆け引きで決まってしまうもので、実の所鎧が左右する部分が目立つか目立たないかだけになったことの結果です。(まあ当然ながら、大物達の当世具足には凄い名作もありますよ)
更にもう一つ「復古調大鎧」があります。天下泰平楽の浮世の時代江戸時代には、鎧は全くの飾り物でした。大名家などでは代替わりするごとに御当主の鎧を新調したりしていましたが、時代が平和になり武具の研究なんぞと言う暇な事が出来るようになり、(新井白石だの松平定信だの、偉い中の偉い連中がやってたりするが)権威ある「武家の正統の鎧」なんかも知識として広まるわけです。そうすると、権威ある「武家の正統の鎧」を真似て飾り物の鎧を作ったりするので、当世具足の欠点と、大鎧の欠点が見事に合致した飾り物としても・・・なものが出現。しかも格式だけはあったりして、おまけに実際に使わないものだけにいい保存状態で後世に残るものだから・・・こいつが五月人形のお手本になっちまうわけです。(当然ですが復古調の物にも素晴らしいものもあります)
まあ、例えていいますと、大鎧は、ファーストガンダムであり、ザクです。モビルスーツのかくあるべしの全てを持って産まれた純粋な造形であり、シンプルかつ完成されたデザインなのです。で、室町中期ころ、戦国直前くらいまでに実戦の場で磨かれつつ洗練度と実用度とが高度なバランスを保っていた頃の大鎧までは、つまり「逆襲のシャア」のころのモビルスーツなんだと、勝手に解釈しております。
その後のガンダムは、大儀(武士の理念)を失い、ルールであった地球産まれと宇宙生まれの構図(正々堂々の戦闘から後ろ暗い戦争への変遷)を失い、なんでもありで、目先の話題性優先(鎧の地位の低下と意義の変化から当世具足の大発生への流れ)終いにはガンダムである事の必然性まで喪失(鎧が飾り物となって更に飾り物としても完成度を下げるに至る・・)と言う感じで捕らえてしまいます。
これは「竜の前立」と「竜の角の脇立」がついた星兜です。
後ろから見ると

もう一つの、一般的な鍬形のついた星兜は最初に正面の図がのっているので後ろから見た画像をどうぞ。
それぞれの部品に、実用的な役割と、意義的な内容とが込められているのですが、簡単に結えば鎧兜は全体で一つの神殿としてデザインされています。
まあ説明はどうしても長くなるので、覚悟して読める方はこっちへどうぞ
鎧兜のデザインの変遷も、ガンダムからダブルゼータ頃まで辺りが大鎧の中での変化、その先は、アムロとシャアがいた間に確立され、完成されたガンダムとザクをどういじり、どう消費するかと言う方向性でシリーズが作り上げられていったわけで、鎧では大鎧で確立され完成されたものをどういじるか、どう消費するかがポイントとなった当世具足、更に復古調大鎧という変化、そんな風に捉える視点も有じゃないかなと言う、少しネタはいった解釈です。でも鎧鑑賞の入り口としてはありじゃないでしょうか?興味を持った方はぜひちゃんとした方も見てくださいね。
蛇足 初代の系譜を引くガンダムデザインをした「カトキハジメ」氏であったが自分的にそのデザインの頂点は「バーチャロン」(当然ファースト)ですね。あるべき要素を全てもって生まれ、シンプルかつ高度に洗練されたデザインだったと思います。で、次のバーチャロンからは「復古調ガンダ○?」っつうかマニア連中の趣味に取り込まれちゃったねデザインに(ゲーム全体も・・・)
以下略。