元結と水引と飯田

 元結とは「髷(まげ)」を結う際に用いる紐のことで、古くは布製もあったといわれておりますが、江戸時代頃から紙製のものが主流となったとされております。
 その元結の技術革新を成し遂げたのが「桜井文七」という人物で、元禄期に飯田藩に招かれた紙漉き工であったそうです。この文七による技術革新によって、飯田は全国規模のシェアをもつ元結の一大産地となりました。
 飯田藩の財政改革の一環として行われたこの元結事業の担い手は、主として藩内の「武士」であったそうです。武士の財政のための殖産興業であったから、他藩に元結の新技術を流出させないため・・等の理由が考えられます。
 一方、水引も紙紐でありますから、元結の技術を導入することで他の産地のものより優れた品質の水引が生産可能となり、飯田は水引の大産地となりました。こちらは主に農工民がその主たる担い手であったようであります。
 
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