さて、飯田における水引工芸は、これまた私調べで申し訳ないのですが、順序でいえばその次の時代であります。大正時代にはいり、大正八年頃第一次大戦頃の軍需景気によって社会生活の水準が上がり、社会的公的な行事における水引の活躍の場が広がりを見せた頃、なぜか飯田と愛媛は伊予以外の産地では素材水引の生産が衰退していったようで、飯田では農家の副業でやっていた水引生産、更には水引を細工する工程が、副業では間に合わなくなり、専業にやる業者も増えるようになっていったようです。更に時が戦中を経て戦後にうつると、水引関連の産業は益々飯田以外では衰退し、水引自体の需要は相変らずあるという状況の中で、飯田の水引産業は発展を遂げつつも新たな方向性の模索も求めらるようになったようです。
昭和十年の水引が工場制手工業の形で生産されるようになった頃の写真ということであります。
画像は南信州新聞社刊 飯田水引産業史より。


 そんな頃の飯田に、本業として水引に取り組む事を決意した「関島登」と言う人物があり、その関島氏によって原料生産地兼加工地である飯田における新たな水引の方向性が決定付けられたのであります。
 関島登氏は、関西流の結納飾りをみて、これなら自分にもできると思い、自らそれらを求め、更にそれらを分解し、研究を重ねて、其処から得た技術を、水引による表現の為の道具として、様々な作品を独自に、文字通り編み出し、結納といった行事に付随するだけの存在から、新たな価値を持つ文字通りの工芸品水引の方向性を決定付けたのであります。


 飯田においては、大量生産のための単純作業的技術の蓄積こそあれ、素材水引をいかに装飾的に生かすかの面の技術は飯田の外においてこそ盛んであったことは事実としてあるとは思うのですが、生産地であるがゆえに気候そして「文化的風土」において素材水引の本質を体で知ると言う強みがあり、また、石高二万石の飯田藩ではありましたが、実高は六万石といわれた江戸時代後期、また豊かな土地は尽く天領であった幕藩体制時代の体制が一新され富裕となった明治期を通して京都から盛んに文化人を招いて京風の文化を取り入れ、近代日本画の巨人にして、今日の人々のイメージの視覚面における日本美の確立者の一人「菱田春草」画伯を産んだ文化都市でもある飯田と言う背景もあってのこの一大革新は、徐々に飯田の水引業界全体に浸透し、デザイン性・装飾性の付加価値によって商品としての水引細工の地位を高め、また祝儀物としてのみの限定から離れて、地方文化という地域のオリジナリティの確立にもつながり、今日の観光資源としての水引という流れまで至っているわけであるのです。


 そうした長年にわたる業績により、関島登氏は「水引工芸品制作の技能に卓越し水引の新しい結びを制作し、水引の優雅さを表現する技術を作り上げるとともに、祝儀専門でもあった水引細工を芸術性の高い工芸の域にまで高める先導的役割を果たした。」として平成十三年通称「現代の名工」として表彰を受けております。現在は悠々自適に製作をなされ、実演もなさられておりませんが、かつて飯田を訪れる観光客に「水引工芸館せきじま」において自ら実演を行い、水引工芸の技を披露していた頃、私共も身近にその存在にふれておりましたが、体に、素材水引のもつ全ての要素が染み付き、あらゆる動作が常に自然な流れでよどみなく行われていくのを目の当たりにしてなるほどなあと思ったものでありました。


 また、水引工芸において、「中出京子」先生の存在もまた大きな意義をもつものであります。先生と申しましたのは、間接的にせよ御著書を通じて様々に知識をまなばさせて頂いたからであります。また、水引工芸多くの人にを「趣味」として広めた実績と姿勢から最もふさわしい敬称は先生であろうと勝手に考えているからであります。中出先生の場合は、ドレスメーカー女学院・桑原デザイン研究所デザイン課卒とデザイン系の教育を受けておられる方で、水引については福井地方に伝わる伝統ある水引工芸を習得とありますが、金沢での津田左右吉氏、飯田での関島登氏と異なり、伝統の技である水引を客観的な視点と立場から研究・分析し、デザインと言う新たな視点から再構築する。という流れで新たな水引工芸を編み出した方と感じております。


 さて、前置きがここまで長くなるとは私自身全く予想しておりませんでしたが、今の所順序・系統だった記述があまり無い水引と水引工芸についてさらっとまとめてみたいなぁ・・と言う出来心の為であります。しかしながら書いてよかったとは思っております。


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     更に知りたい方のためのリンク集

飯田郵便局のホームページ様 このサイト様の中の、ふるさとを支える達人たちというコーナーで、関島登氏が紹介されています。

中秀流水引アート結びの会様 中出京子先生と其のお弟子様方による水引アート結びの会のホームページであります。趣味で習い事として水引を試してみたいと言う人向きであります。