「津田左右吉」と言う人物は明治の御一新の頃明治二年四月二十一日に金沢の武家相手の札差(金融業と米穀業を兼ねた仕事)を営む裕福な商家に生まれ、時代の変遷の中で商業の道での成功もしまた失敗もしと様々に苦労を重ねるなか、ふとしたきっかけで出会った水引細工に心惹かれ、正規に教わりに行くもなぜか教えを受ける事がかなわず、かえって奮起し、代々の教養でありまた自らの研鑚の賜物である茶道・文人画を中心とする教養を軸に、水引の編みをほぼ独習で身につけ、更に独創的な創意工夫を加えて,それまでに無い水引細工を作り上げた、水引細工における始祖であり一大巨人であります。


 書物に残る御本人の言葉に「私の前身は十間町の仲買人の手代、十間町に発した虫だったのです。七、八年前に北海道の親類の人が金沢に来た。私はその人から手ほどきを習ったのです。元来チョットきような性で十五日ばかりで一通り習いましたヨ。そのころ東京から折方のお師匠さんが金沢にきていました。私は師匠についたがどんなわけか、師匠は私におしえてくれなかった。それで私奮激したのです。思えば今日折方を職業にするようになったのは、こんな妙な動機だったのです。それから毎日毎日研屋次右衛門氏の雌蝶雄蝶や東京大阪の品物をとりよせて独り勉強、東京から送ってきた屠蘇につける蝶からヒントを得て雄蝶雌蝶の内裏雛をつくるようになりました。」とあり、技術的にも、系統的にもそれまでの家元を軸とした流れとは大分異なった細工物であったようであります。しかしながら基本的な技術の体系は寧ろ先祖帰りともいえる面があり、宝暦十四年二月に伊勢貞丈によって著された「包桔図説」上下二巻を特に研究されたと言う事であります。


 伊勢貞丈とは、鎌倉時代より続く小笠原家・今川家と並ぶ武家礼法の家柄を誇る家柄である「伊勢家」本流に産まれた人物で、寄合旗本として江戸幕府に使える傍ら古典籍・古文書の研究を行い先にあげた「包結図説」他「貞丈雑記」、「四季草」、「安斉随筆」、等の著作を著した大「故実家」として知られる人物であります。


 有職故実と言う用語は多々見受けるものでありますが、有職とは「公家有職」のことであります。公家有職の意味する処は公家の「もの」と「こと」に関する研究体系とのこと、そして故実とは「武家故実」のことで、その意味する処は武家社会の行事や作法、武具用具に至るまで、具体的に歴史的に研究する学問体系のことであるそうです。私も未だ勉強中の身で立ち入った事について詳しく述べられるほどに掘り下げては居りませんが、有職と故実はそれなりに時勢に沿って互いに影響し合い、また時の情勢によって変化も受けてきたものであるため、複雑で難解であると考えております。しかしながら、敬う気持ち、尊ぶ心を、いかにして伝えるかを主題に洗練されてきた「形・方」として受け止めることが肝心なのだろうと感じております。


 津田左右吉氏は、正統の流れの外からのスタートであったが為、かえって正統の根本精神に触れるところで技術と心を磨く事となったのでありましょう、また、歴代の藩主が幕府からの軍事的警戒を避けるために文治政策をとり、文化を重んじ、上方の皇室との姻戚関係をもち、また将軍家とも姻戚関係をもちと、上方の雅やかな文化と、江戸の粋を重んじる文化とが融合する文化都市を形成してきていた金沢に生まれ、その地で文化的素養を十二分に養いながら育ったことも大いに作用して、品位と独創が調和した水引工芸を確立したのでありました。


 家業としての水引を思いたった氏の作品が、評価を確立したのは、時の帝の金沢行幸の際に水引人形を御台覧に供したところ宮中の方の目にとまり、見事献上品として買い上げられたことであります。御大礼の節には天皇陛下に具足二領と三忠臣、皇后陛下に六歌仙を奉祝の為に献上。赤坂御所に収められたとのこと、それはそれほどまでに認められるだけの努力と独創と地域の文化的な背景まで含めた素養とがなせるものであったのでしょう。画像は三忠臣(平重盛 楠正成 藤原藤房)
北国出版社 加賀の水引人形師 より



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   更に学びたい方の為のリンク集

 加賀金沢津田水引折型様 水引細工の祖といえる津田左右吉様に始まる。金沢は加賀の水引折型屋様を紹介しているサイト様です。加賀水引細工を鑑賞できます。

 様 其の名も有職.com様、当然ながら有職、主に公家文化主体での日本文化を理解したいのなら必見。美しい衣装の画像満載です。販売もなされているのですが、私のような若造にはまだまだ手が届きません(涙)。

 折形デザイン研究所origata.com様 折形についての知識はもちろん、折型をどう現代感覚で捉え、未来へ受け継いでゆくかを折方教室等の様々な活動を通じて実践しておられる研究所様のサイトです。

津田左右吉様の作品のみられるリンク

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