水引細工は、技術的にはアルゴリズムの問題が常について周り、寸法の規則性、編み方の規則性、色彩の規則性がはっきりと固まらなければデザインとして定まりようがありません。ところが世にいわれる所の五月人形「よろいかぶと」において定まった様式やアルゴリズムを見出す事は非常に困難でありました。
また、鎧兜の部品一つ一つを掘り下げ、その位置関係とデザインの基本的コンセプト等を把握するに当たっても、曖昧模糊とした解説が多く、一体全体鎧兜とは何者かと、真剣に悩んだものでありました。数多く残り、現物を検分する事の容易な当世具足の滅茶苦茶具合は大変に混乱を来たすもので、結局の所あれは、江戸時代という時代の特殊な事情から作り続けられてきた実戦の場を離れた飾りなのだということの確証を得るまで長い事苦しみました。
そんなこんなでつまるところ「大鎧・式正鎧」こそが高度に洗練されて確立した「純日本的鎧」であると理解して初めて鎧兜の持つデザイン的な規則性が見え始め、鎧兜が変化してゆく時代のなかでどのように変遷を遂げたかの規則性も見え始め、室町中期から当世具足、更に江戸時代の復古調鎧までの鑑賞の楽しみ方も見えてきたのでした。その道中で出会った鎧兜についての素晴らしい書物の内いくつかは、買い求めて愛蔵書として今も手元にあるものも在ります。
現在はそれらの書物でであった甲冑にに関わる素晴らしい仕事人達の仕事振りに直に接する事のできるwebサイトがあるため、折に触れそれらのサイトにお邪魔させていただいておりますが、インターネットが普及する前の時代の苦労も、して損はなかったと考えております。それにしても今現在のネット環境のありがたいこと、学ぼうと思えばどんどん学べるの素晴らしい環境であると思います。
さて、ここまで水引細工となった星兜を例図案として星兜の鑑賞についての私なりの考証を述べさせていただきましたが、最後に水引細工の鑑賞についての考証を述べさせていただきたいと思います。水引細工は、水引が、長さや幅といった寸法に一定の制限があり「紙縒り」つまり紙を撚った、「ねじり引っ張って作られたもの」であるため、弾力に一定の方向性があり、また一度編みそこなうと、撚りがねじれ、糊が砕けてしまうため、編みなおしが出来ない素材です。そのため、全ての部品が「ワンテイク」となります。
でありますから、作ろうとする物に取り掛かる前に、確かにその作ろうとしているものの部品を一発で、求められた寸法で編み上げられる技術と心構えが必要となります。
また、デザインの時点で、水引の持つ方向的な癖や、寸法から来る無理と不可能をわきまえた上で、そのものその通りと違う姿かたちでそのものの「気配・雰囲気」を表現するように「表現としてのデフォルメ」をしなければならず、表現の対象について、まずその対象の持つ図形的なアルゴリズムをしり、そのアルゴリズムと水引で再現する事の可能なアルゴリズムとのずれを見出します。そして、再現度が、最も下がってしまう部分について、どのような様式を用いる事で姿的に近く出来、どのような配色等の工夫で雰囲気的な再現が可能かを、幾つもの試作部品を作って見極めていきます。
そうして、値段設定等の要素との兼ね合いを見ながら、素材面・技術面でどの程度までかけられるかを判断し、決定稿を出します。
それらの作業のなかで、手が部品を間違いなく一度で仕上げらるようになっているので、決定稿が出来たら製作となるわけです。
兜の場合、まずは鉢の寸法、シコロ、鍬形の寸法をだして、その空間的広がりのなかでどのような表現が可能かを割り出しました。そして、色は幸いにそのもので用いられている色彩から、同じ比率で色水引の本数を割り出せましたが、鉢の「間」と「星」の表現において、水引の性質から来る部分と、納期・価格設定の部分から、最小限の表現にせざるを得ないとの判断が出て、「間」の部分は水引のなす綾で其れらしい気配を作る。星は、水引のなす畝で其れらしい見立てとする。としました。
吹き返しの絵韋は、絹巻の砂子と威し糸に用いたのと同じ色の絹巻水引とで少し難易度が高めで図形的に美しい「胡蝶結」(名称は文献によって様々です)で結んだものと、絹巻砂子を三つ編みに編んだものを組み合わせたものとし、据文金物は「玉結び」と「篭目十五画結び」を組み合わせたもので作る事としました。
さて、シコロと鉢のつなぎの「腰巻」は堅固さを必要とするため目の詰まった三つ編み、留める星に当たるものは絹巻水引を内向きに「本結び」更に「眉庇」は一繋がりでの編みではかなり入り組んだ編みとなる
でつくりることに決め、最も重要な意味を持つ「八幡座」に用いる部品は様々に悩んだ末、陰陽道の呪符で有名な、家紋でいう所の「安部清明判」模様が編み込まれる「篭目十五角」を基本に、名称がまだ無い、水心オリジナル(先に編み出して居られる方は水引幾百年の歴史には必ずいたかと思いますが、今日用いているのは一応水心のみかとおもわれ・・)編みとを組合せて「篠垂」、「笠印環」まで一繋がりの物に仕上げました。
「緒」の類は絹巻水引で編んだ三つ編みで表現。響き孔は、水引の性質上そのものを作れないため、鉢のしんとして編みこんだワイヤー芯水引を折り曲げてその役目を負わせ、様式どおりに緒を通すことが水引の寸法上不可能であるため、外観のみでの再現に留める事に決めました。
そして、最もアピール度の高い「鍬形」・「立物」は、鍬形の兜と、竜の前立てに、竜の角を脇立のついた兜を別々に作る事にし、鍬形の物は、「三光鋲」に水心編みを用い、水引を貼り付けて作った紙製の鍬形に、三つ編みで作った装飾を「接着」これは望ましくない技術と言う人もいますが、時と場合に応じて用います。接着なしでも可能な技術はありますが、現代の「時給式」で値段を割り出す算定方法で割りが合わない技術なので、よほどの事が無い限りやれません。また、接着は其れはそれでテクニックを要する「技」であります。
立物兜の方は、特殊三つ編みで作った髯、ワイヤー芯水引と水引の組合せで輪郭を作った上に、基本編みである「淡路結び」に「亀の小結び」をくみあわせ、更に絵師が瞳を描き込んだ「目」を結びつけて流の顔を作り、更に脇立てを兼ねる長大な「角」を鹿の角をモチーフにワイヤー芯水引との組合せで作ったもの同士を更に編み合わせて作って、それぞれを結び合わせて仕上げました。
水引のように手わざの世界では、技術のほとんどが未だ口伝であり、それぞれのつくり手の持つ様式は内緒であるので、普通様々な事情からここまで具体的に制作の過程や用いる技術を公開することはないのですが、まあ、ギリギリのところで表に出せる限界的な例として書いてみました。
飯田ですとか、金沢様ですとか、愛媛様、また結納等の行事で本格的な水引細工を目にする機会がございましたら、是非是非、水引特有の様式美と、水引細工にこめられた様々な創意工夫と技術。日本的情緒に基づく「見立て」の面白みを楽しむ心がまえで鑑賞してください。またしても恐ろしく長々と書いてしまいましたが、ここまで読んで下さった方本当にありがとうであります。