盗賊さま

収録者  伊藤 善夫 信越放送飯田支局長
話 者  大屋敷 政太郎 収録日 昭和56年10月27日

まあ、ちょっとこの話ぁ長くなるがよ。

わしが子どもんとき、よく虫歯を病んだことがあった。痛くてたまらんもんで、どうでそこらあ、

こけたいちゃあおった。

 そんとき、おとうがこんなこといった。

「ちかくの川原に、盗賊さまといってな、むかし悪いことをした奴を祭ったるとこがある。

石を高く積んだるで、そこへ行ってお線香をしんぜてな、どうかこの歯を治してくんな、

そう頼んでみょう、すぐ治るでよ」

 子どもだもんで一人で行きえん、そんでおっかあが連れてってくれた。

拝むことは拝んだが、効き目はどうずらだったかなあ。

 ところうで、盗賊さまのいわれはこんなこった。

むかし、遠州の見附というとこに、悪いことをしおった3人が牢屋へ入れられておった。

へえだが、おとなしくしているわけがねえ
3人組みのこと。

「牢屋くらしは、つらくて面白くねえ」

 それである日のこと、仲間たちは牢をぶち破って逃げだした。

悪人どもは、天龍川を(かみ)へ上と向かって、信州にほど近い奥山村(注1)へ逃げ込んだが、

その村にゃあ、奥山さまという古くて由緒な家があり、番所の役目をおおせつかっとった。

 そのころあ、道の急所という急所にゃ、見張り所をおいったったもんで、さっそく馬で

追っかけたが、とても
3人の足が速くておっつくもんじゃねえ。

とうとう青崩峠(注2)を越えて、信州の遠山郷まで逃げ込んできた。

馬で追ってきた奥山さまが村の衆に、

「ここをあやしい3人が通っつら。」

「そういやあ、おかしなものが通っつよ」

「そりゃ、まちがいなく牢ぶりした大泥棒だ」

それから大騒ぎになって、鉄砲や鍬をかついだりして、村中の人が泥棒を追っかけだした。

だが相手は悪党
3人だし、どんなことされるかわかったもんじゃねえ。

「もうちょっと行ったら、人家(ひとや)があるで、それまでこっちから声をかけちゃあかんぞ」と、

最初のうち気いつけとったのに、だれかがとうとう声をかけちまった。

「待て、このやろう」

「それじゃ、おめえらここで勝負するんか」

悪人どもは川原のど真ん中に座り込んじゃって動かん。

 奥山さまも、このまま引き下がるわけにゃいかねえし度胸を決めて、

 「村の衆、ひとつ頼みますに」

そこでみんなは鎌やヨキを持ち寄り、ねってねってねりやって悪人どもと戦い、そうして、とうとう一人の悪党を

たたっ殺しちまった。

 残った二人の悪党たちあ、和田の町までようよう逃げてきたが、はえ、日が暮れちまっとって外は真っ暗闇に

なっとたった。

 和田にゃ、遠山川が流れとるが、二人はこの川を天龍川と、とっちがえてしまったらしい。

「おい、天龍川へ出ちまったぞ。いくらなんでもこれを越すわけにはいかんら」

それで、真っ暗な夜道を人にみつからんよう川をさかのぼって、池口というとこへ来た。

むかし、この池口にゃ大きな淵があったちゅうが、そのすぐ近くのツシナギへ逃げ込みじっと潜んどった。

ツシナギは悪場で、普段、村の衆もだあれも近づかん。

 あくる日、どうも様子がおかしいと百姓衆がそのナギ場の近くへ大勢集まってきた。

はじめのうちゃあ、お互いに石つぶての投げっこをしとったが、村の衆の勢いにゃ勝てん。

とうとうその野郎どもをふんじまっちまった。

でもな、一人の男が山越えして、大井川へ逃げおおせたという話もあるがよう。

捕まえた悪人どもあ、みせしめのために下駄をはかせて柱にしばりつけたが、罪悪人にはかせる下駄ちゅうのは、

二つに割った木の上に足い乗せて、逃げれんようにカスガイを打っ付けてとめる。

そうやって悪いことをしたらこうなるんだと、1週間さらしものにしたそうだ。

悪人どもあ、ここで死にゃあせんかったが、あとはどうなったもんずら。

へえだがよう、悪いことをしたもんを拝むと病が治るちゅうのは、いくら考えても

不思議なことじゃないずらか。

 

注1 奥山村   遠山奇談初偏 第七章 参照

注2 青崩峠   遠山風土記  青崩峠 参照

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